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新年のご挨拶編 20 お日様ポカポカ

 小さかった頃、母の匂いが大好きだった。  洗剤の匂い。仕事柄、柔軟剤も香水も使わなかった母だったけど、ちょっとだけ洗濯物と、太陽なのかな、お日様みたいにポカポカとした温かい匂いがしてた。仕事で忙しいからお手伝いは必須で、学校終わって帰ってきたらまず洗濯物。今だったらね。めちゃくちゃ早く、しかもすっごくきれいにたためるけど、昔はテレビ見ながらのんびりたたんでた。一番好きな「お手伝い」がその洗濯物をたたむ、だった。洗い立ての洋服たちからは母と同じ匂いがしてたから。 「聡衣」 「?」 「今日はありがとう」  旭輝の落ち着いた低音が子どもの頃の俺の居場所で聞けるのって、なんか、不思議。 「ありがとうって言うの、俺のほうこそ、でしょ」 「?」 「貴重な休みじゃん。もっとゆっくりしたかったでしょ?」 「そんなことない。優秀だからな。すぐにリカバーできるから、休みなんていくらでも取れる」 「っぷは、すごい自信」  二人で仲良くお布団並べて寝転がるのがちょっと楽しい。 「まぁな」  きっと本当にすっごおおおく優秀な人。でもそんな人でも緊張しちゃうことがあるなんてね。 「煮物、美味かったな」 「そう? なんか、うちのお母さん、めっちゃ喜んでたね。あれ、毎回、」  毎回、うちに来る時は煮物山盛りで出されそうって言おうとして、ちょっと、言葉が喉奥でキューって急ブレーキをかけた。 「来年の正月はお母さんの休みに合わせて挨拶に来ようか」 「……」 「別に正月三が日内じゃなくてもいいだろ? 俺なら休み、さっき言ったがいつでも取れるくらい」 「優秀だもんね」 「あぁ」  そっと、布団から手を出した。田舎だから寒いんだよね。だからその手を急いで旭輝がいる布団の方に忍び込ませると、温かい手がギュッと握ってくれる。 「明日、帰りに初詣寄るか? こっちの」 「え、いいよ。帰ってからにしよ。荷物あるし。それに」 「それに?」 「遭遇しそう」 「同級生?」  そう、会うとまた騒がしいし。 「あの花火を学校で一緒にやって、先生に追いかけられた時の?」 「んもぉ、マジでお母さん、口軽い」  ペラペラ喋るんだもん。俺の黒歴史。いや、別にそんな黒黒しいわけじゃないけど、気恥ずかしいでしょ? やんちゃな頃のことなんて。  中学生の時はちょっと、まぁ、色々失敗もあるわけで。  花火したいねって、コンビニで偶然見かけた安売りの打ち上げ花火セットを見たら、そんなことを思って。じゃあ、公園で、ってなりかけたけど、花火したらうるさいって言われそうだし、道端でパチパチするわけにもいかなくて、かといって、一軒家の友達のうちでってなると、それはそれで、近所迷惑だぞとか言われそうで。  学校がいいじゃん。  ってことになった。  打ち上げ花火ばっかり。あと、ネズミ花火。でも、まぁ、学校のグラウンドでドンパチヒューヒューやれば用務員さん来ちゃうよね。  運悪く、その時の担任が学校に残ってて、コラー! って漫画みたいに叫ばれて、猛ダッシュで逃げて……後日、親はその先生にお説教を食らった。もちろん俺たちも。  お説教の帰り、バカねぇって、あっけらかんと笑ってた。そんな母だった。 「あと、あれはいつか写真を見たい」 「ないです。写真は」 「……」 「ないってば、無言の圧かけられても、ありません。っていうか、そんなの見たって」  花火の話題が終わったと思ったのに。  見たいとねだられてるのは高校の時の文化祭の写真。文化祭定番のJKカフェ。俺はジョシコーセーの格好をしたんだけど、それが案外好評だったとか言っちゃうから。全然だから。そりゃ旭輝みたいにイケメンじゃないけど、女子にはちっとも見えないもん。 「旭輝が思ってるほどの完成度高い化け方できてないよ。クラスで爆笑だったし」 「見てから判断する」 「いや、写真ないから」  あるけど。ないってことにします。 「……」  暗闇なのに優秀すぎる旭輝には何もかも見透かされてるの? 無言の圧がひしひしと、持っているんだろう? とこっちを見つめてる気がした。 「ないでーす」  けど負けじとそう言い切って。 「っていうか、あっても、ただ、あれ、ちょっと若くなったうちのお母さん。めえええっちゃ似てたから」 「へぇ、それならやっぱり美人だな」 「っぷは。それ、うちのお母さんに言ったら、舞い上がって踊り出すかも」  これはホント。きっと、必ず踊るから。もうイケメンとかに弱い弱い。だから大喜びしちゃう。 「……笑った顔がお母さん似だ」  そう言って、今度は旭輝が手を布団から出して、俺の頬に触れた。 「えぇ? そう? 自覚ない」 「そっくりだよ。あと、たまに口調も」 「えー……」  嫌そうに返事をすると隣の布団から小さな笑い声が聞こてくる。  穏やかで、優しくて、少し俺、感動もしてるのかも。喉奥がギュッて熱くなる。 「今日は、ありがと」  愛しい気持ちが溢れてきて、自然と旭輝のいる方へと身体をズラすと、旭輝の腕が俺を引き寄せてくれた。 「あぁ」  あ。 「おやすみなさい」  お日様。 「おやすみ」  引き寄せて、抱き締めてくれる旭輝からは、優しくて気持ちがポカポカと温かくなれる、お日様の匂いがした。

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