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新年のご挨拶編 24 明けまして、おめでたい

「そんなにむくれるな」  そう言って笑う旭輝の口元に本当に雲みたいに真っ白な吐息が立ち込める。この神社のあちこちに積み上げられた雪の山のおかげで冷凍庫みたいに冷えた空気で吐息も途端に凍ってしまいそう。そんな白い息が澄み切ったお正月の青空に溶けて消えた。やっぱり寒さがすごくて、神社でお参り待ちをしている人たちの防寒装備がものすごい。みーんなしっかりとしたダウンコートを着ているから、雪だるまみたい。 「でもこっちは着物じゃ少し寒いかもな」 「確かに……」  去年もそうだった。  着物、見たかったのに。  うっかりだよ。  あぁ、もうどうしてこうかな、俺ってば。  そういうとこ、お母さんにそっくりなんだよね。すこーしだけ、うっかりしてるとこ。看護師で、シンママで、すっごい頑張ってて、周りもすごいしっかりしてるお母さんねって褒めてくれるんだけど、全然うっかり屋なんだよね。それで、途中、突然。「ああああ!」って気がつくの。今の俺みたいに。  あああああ! 今年も着物で初詣できなかったじゃん! って。  もう実家への挨拶だけで頭の中がいっぱいだった。新幹線取らなくちゃとか、新幹線取ったらマジで実家に行っちゃうじゃんとか。手土産とかいらないってば、とか。それでなくても初の店舗オーナーっていう立場もあって、すごく忙しかったし。周りには、それこそ国見さんとかにも、しっかりしてるからって言ってもらえたけどさ。実際は、全然うっか……り。  ……あ。  あぁ。  うちのお母さんと一緒じゃん。  やっぱり親子。  着物で初詣とがすっかり頭からすっぽりと抜けてた。  着付けできる……と思うけど、もうちょっとところどころ記憶は曖昧だけどさ。でも着物姿の旭輝と初詣したかったなぁ。もう少し早めに気がつけたらなぁ。 「まぁ、来年だな」  まぁ、うん。 「はーい」  そうだね。  お参りに来た神社は去年とは違うとこ。でも、場所は違っても、来年だって、再来年だって、きっと、っていうか絶対いくらでも初詣には一緒に来るから。 「何笑ってるんだ?」 「! わ、笑ってないってば」  そうか? ほら、嬉しそうに笑ってる、とでも言いたそうに覗き込まれると、今、またちょっと「幸せ」に口元がふわふわに緩んでることを知られてしまいそうで、ぎゅっと、ぎゅーっと口元を固結びに結び直した。 「ほら、俺たちの番」 「ぁ……うん」  一礼二拍手、だよね。  寒さのせいか、みんな早くお参りを済ませたいのか並んでいた列は止まることなく少しずつ前進して、前進して、あっという間に番になった。  今年の、神様にお願いしたいことは、ね。  もちろん、旭輝の健康と、まぁ、絶対に元気だし、なんなら一番風邪から無縁そうな人ではあるけれど、うちの親と、最近一緒に飲みに行けてない陽介、それから今年も変わらず真面目で面白い人でいて欲しい蒲田さんと、今年もどうか可愛い蒲田さんに愛想つかれないようにと俺からも神様にお願いしておいてあげる河野と、商売繁盛と、汰由君にデレデレしすぎて幸せボケがすごい国見さん、とにかく愛でられる可愛い汰由君、お客さん、みーんなの健康とね。  あとね。 「さて、お参りも終わったことだし」 「あ、うん」  あとね。今年、ちょっとお仕事でやってみたいことがあるんです。神様。  まだ、思いついたばかりで、これから国見さんにも相談しないといけないし、OKもらえるかわからないんだけど、でも、うん、やってみたい。 「やっぱり寒いな。鼻先、真っ赤」 「え? 俺? 恥ずかしい」 「いや、可愛いよ」 「!」  なんだそれ。ねぇ、あのね。今年は蒲田さんに怒られないけど、でも、そんな四六時中デレてると流石に神様も呆れちゃうからね。マジで。 「さ、帰るか」 「はーい」  返事をすると、また真っ白な吐息がふわり、ふわりって。それが午前の健やかで元気な日差しにキラキラしてるように見えて、なんか。 「うー、寒い」 「そうか?」  今年も。 「俺はこのマフラーがあるから全然」  幸せな一年になるって確信してた。  アルコイリス一号店と同じ、少し乾いた軽やかな鈴の音がして、扉が開いた。 「明けましておめでとうございます」  新年オープン初日だけはこっちの挨拶にしようかなって。 「あ、けまして……」 「明けましておめでとうございます」  モジモジしつつも挨拶をしてくれたのは男の子。  元気にハキハキと挨拶をしてくれたのは女の子。  男の子は真っ赤になりながら、ぺこりと頭を下げて。  女の子は首を傾げた拍子に可愛い、和風の髪飾りが跳ねるように揺れて、そしてその手には真っ赤なハートの形をした折り紙の指があった。  すごい、ちゃんとレジンでコーティングしたんだ。 「あ、あの、ホームページ見たら、今日、福袋売ってるって。か、かかかかかかか、かの、かの」  可愛いなぁ、もう。 「かの」 「一つ、福袋ください」  これはきっと、尻に敷かれるね、うん。 「はい。どうぞ。ありがとうございます。えへ」  お年玉、かな。  良いもの、たくさん入れてあるから。どの福袋でもきっと満足いただけるかなと思います。 「あ、あと、あのえっと、あん時はあり、がと」 「どういたしまして。よかったね」 「! う、うんっ」  ずっと、折り紙のハートの赤色と同じ真っ赤な彼が首、飛んでっちゃいそうに何度もガクガク頷くから、可愛いくて、つい笑った。 「またデートで来ます!」 「是非是非」 「うふふ」  可愛い女の子だなぁ。 「じゃ、行こう?」 「あ、う、うん。俺が扉開ける、から」 「ありがとー」  大慌てでレディファーストに徹する彼と、それに嬉しそうに顔を綻ばせる彼女、そんな二人の可愛い後ろ姿を見送ったら。 「あ! 明けましておめでとうございます」  今度は常連ママさんが。 「あのすみません。ブラウス、とか」 「はい」 「新しい仕事決まったんで。フォーマル、増やさないとで」 「そうなんですか? おめでとうございます!」 「ありがとうございます」 「あ、そうだ。折り紙」  しゃがんで、素敵な折り紙を教えてくれた娘さんにお礼を言った。あのハートのおかげで恋が一つ実ったよって。 「えへへ」  ちょうどさっきそのカップルがデートしにきてたんだって。 「えっと、ブラウスですよね。この前のスーツに合わせて……でも、雰囲気ガラリと変えて、なら……この辺かな」  ――カランコロン。  鈴の音と一緒に、扉が開いて。 「明けましておめでとうございます。いらっしゃいませ」  そして、また一人、お客さんが来て、小さなアルコイリス二号店の忙しい一日が始まった。

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