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新年のご挨拶、今度は編 4 北風ピュー

 黒髪なんて、中学以来かも。  ずっとカラーリング必須にしてた。 「自然な黒って言ってたから、そこまで真っ黒じゃないよー」 「……」  なんか、新鮮。  わぁ、ちょっと、恥ずかしい、かも。 「気に入ってもらえた?」 「はいっ、もちろんっ、ありがとうございます!」 「こちらこそだよー。いつも素敵なの選んでもらえるから、お客さんにもそれ素敵ですねってよく言われるの」  そう言って、この前俺が選んだ、黒のワイドパンツと、それより前に買ってくれたニット姿でポーズを決めてくれた。  潔いショートヘアがすごく素敵で。  この人を接客した後は、髪をベリーショートくらいにしたくなるんだよね。 「急にお願いしちゃってすみません」 「ううん。こちらこそ、本当に声かけてもらえて嬉しい。今度は是非、カットも」 「あ、はい」  この人にお願いすると、つい、ショートにバッサリお願いしますって言っちゃいそうだなぁ、なんて思いながら、もう一度、鏡の中の黒髪な自分を見つめた。  本当にナチュラルな黒髪。  こういうのって再現するのすごく難しそうだよね。 「あ、えっと」  セットもしてもらって、立ち上がると、サロンでしか感じることのない、清々しいけど甘やかな香りが髪からふわりとしてきた。 「お会計」 「あ! いいのいいの! この間、いつものお礼!」 「え、けどっ」 「服もだけど、接客、すっごく上手だから勉強になるの。また是非、寄らせてください」 「! もちろんです。ぜひ。けど、代金はお支払いします。技術、タダじゃないから」 「! ありがとう」  でも、そうでしょ? どんな仕事だって、価値があって、その仕事をこなすために身につけた「努力」がある。だから、タダはなし。価値あるものには対価を支払う。 「また、ぜひ、来てくださいね」  そう言ってくれたお客さんに、今はお客さんになってる俺は深く頭を下げて、ぴょんって、お店を飛び出した。 「さっぶ……」  冷たくて、頬に当たると少し痛い北風にきゅっと肩をすくめる。トリートメントもしてフル装備になったご機嫌な黒髪はいつも以上に風になびいてた。 「あ、汰由くん……」  美容院の帰り、接客業にいると他の人の接客って気になるんだよね。それが別のジャンルであってもさ。むしろ、別のアパレルじゃないジャンルの方が勉強になることもあったりするから、美容院とかではスマホは預けたまま、見ることもなく接客の様子を勉強がてら見させてもらったりする。  そしたら、汰由くんから連絡が来てた。  ――クリスマス、いただけたアドバイスのおかげですごく素敵なクリスマスになりました。プレゼントもらっちゃいました。  そんな、言葉なのに、その文字ひとつひとつがスキップしてるように、楽しかったっていうのがメッセージに溢れ出てる。  それに、可愛い笑顔と…………。 「? カエル?」  なんで? クリスマスにカエル?  謎な組み合わせだけど、でも、本人は最高に嬉しそうに笑ってるからいいと思う。  そっか。クリスマスいい感じに過ごせたんだ。  それは何よりです。  こっちはちょっと、恋人たちの甘いクリスマス……からは程遠いというか。  ――クリスマス、楽しかったんだね。俺はちょっと、それどころじゃ。  なくなっちゃいました。お正月、旭輝の実家に挨拶に行くから、その準備に忙しいよ。そう返事を打ち込んで。 「……」  自撮りはあんま、好きじゃない。  笑顔は得意だけど、でも、なんか、作った笑顔するのは苦手。だから、写真には――。 「こんな感じ、かな」  小さくそんなことを呟いた。  スマホのカメラをできるだけ自分から離すように手を伸ばして、今日は雪降らなかったから。気持ちがいいほどの快晴。雪たちも驚くくらいに日差しが降り注いでる。でも、もう街中のいたるところぜーんぶに雪が敷き詰められてるから、手袋を忘れちゃった指先がスマホをぎゅっと握りながら、あっという間にかじかんでくくらいに寒いけど。  写真に撮ったのは真っ青な、ペンキをひっくり返しちゃったような見事な水色スクリーンと、冷たい北風になびく黒髪。 「送信っと」  顔は見えないよう、頭のてっぺんだけ。  そんで、そのすぐ後に、今日はその準備で髪を黒にカラーリングしてました、そうメッセージを送った。 「あ」  すぐに既読のマークがついた。  びっくりしてる?  汰由くんの驚き方可愛いだろうな。今日は国見さんとデートとかしてるのかなぁ。そしたら、そんな驚いてる汰由くん見て、デレてそー。  うん。絶対にデレてるでしょ。  それから、また遊ぼうねって。そっちに行くことあると思うから、その時はどんなクリスマスだったか教えてねって、メッセージを送って、もう寒くて限界ー! と悲鳴をあげ始めた指先をコートのポケットにしまった。 「さて、次は持っていくお菓子、買わなくちゃ」  まだ、準備はこれから。  お饅頭、もいいけれど。和菓子屋さんでお仕事してるなら、洋風もいいよね。プリンとかどうかな。逆に果物は? 早く食べないといけないのはダメかなぁ。蜜ぎっしりのリンゴとか、俺、もらえたら嬉しいけど。  そんなことを考えながら、雪の山が並ぶ歩道をぶらりぶらりって歩いてく。  もうすぐお正月。  もうすぐ、彼の、実家にご挨拶。  ちょっと緊張しながら。  ちょっとワクワクしながら。  彼の実家にご挨拶、その一文が照れ臭くて、頬が北風は強めに吹いてるはずなのに、冷めることなく熱くなった。

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