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新年のご挨拶、今度は編 5 マナー本なんて買うと思わなかったよ

 今の時間が、夕方、六時過ぎ。  今日の夕飯は旭輝の好きな煮物と焼き魚。ついこの間はクリスマスらしいディナーだったのに、もう今日は、まるで違う純和風の夕食。  煮物、意外だけど旭輝の好物だから、なんだかんだ煮物のレパートリーが増えちゃった。一番、得意なのはやっぱり肉じゃが。  簡単だし。  世の男は、女性に作って欲しい手料理の上位に肉じゃがって持ってくるんだろうけど、これ、実はすっごい簡単だと思う。  基本、煮ておけばいいんだし。  そんなわけで、ただいま、グツグツ煮てる途中。そしてまだこの時間じゃ、旭輝は帰って来ないから。 「……」  ここ、玄関とします。  リビングだけど。  ここが旭輝の実家の玄関っていうことにして。  手土産に用意したお菓子は絶対に喜んでもらえると思うんだよね。  和菓子屋さんでお仕事してるって言ってたから、きっと和菓子は見慣れてるでしょ? けど、旭輝が和菓子好きだって言ってたから、がっつりな洋菓子で普段とは違ったものを、っていうのも、もしかしたら好みじゃないかもしれない。  だって、お母さん、和菓子の方が好きなんだし。  でも、ここなら大丈夫。  前にお客さんが教えてくれた、若いご夫婦が始めた、駅からちょっとだけ歩くところにある和菓子屋さん。ここの羊羹が和洋ミックスですっごく美味しいって。だって、チョコレートの羊羹に甘酸っぱい完熟梅のソース、そしてナッツの混ざったあんこの羊羹がコーティングしていて、なんて、わけわかんなくて、味の想像できないけど、でもそれがすっごく美味しいんだって、けっこう話題なんだよね。  そこのチョコレート羊羹にした。  きっと気に入ってもらえると思う。  それから、これはアルコイリスのなんだけど、手袋。  すっごく可愛いの。  男女でさりげないペアルックできるから、お父さんとお母さんへ。それから、おじいちゃんには温かいマフラーを。すごく簡単に巻きつけられるように、かじかんだ手でも簡単に留めることができるようになってるから便利で使いやすいと思う。カラーは四色展開。ブラック、ブルー、グリーン、アンバー。選んだのはグリーン。深い緑は年齢問わない感じ。ブラックじゃ定番すぎてつまらない。青はちょっとビジネス感。かといってアンバーは攻めすぎってなるかもしれない。  大事なのは使いやすさ。デザインも色も。  グリーンならバッチリだと思う。旭輝もグリーン系がよく似合うから。  年末に向けて、お客さんへの挨拶とか、新年に向けての仕入れチェックとか、色々しつつ、けどしっかりと挨拶の日に向けて準備してきたよ。 「えっと、靴は、入ってきた時のままの向きで脱ぐ………………」  こっちが玄関として。 「上手に脱げなさそ……絶対に今より緊張するじゃん。んで?」  ここにご家族がいるわけで。だから、俺はここで上手に踵を踏まずに靴を脱いで。 「こ、こんな感じ?」  玄関の広さを聞いておけばよかったかも。わかんないじゃん。出迎えてもらえた時、口を脱いで、その靴の向きを揃えるのに、一回しゃがむスペースあるのかな。あるよね? なかったら、戸惑うなぁ。絶対に。  接客なら慣れてるけどさぁ。  恋人のうちに、っていうか、ご両親に挨拶なんてしたことないもん。  そんなのする予定、今までの人生に全くなかったもん。  レンアイ、しかしてなかったもん。  恋愛、じゃなくて、レンアイ。軽くて、ふわふわしてるレンアイのほう。 「……」  こんな、家族になる、なんてこと、あるとは、さ。  思ってたかったもん。  そんなことを考えたら、心臓がキュッてした。  それから、この間、手土産のお菓子を買う途中、本屋さんで買った「マナー本」をじっと見つめて、ちょっと緊張からほっぺたの内側がギュッとなった。  誰でもできる「ちゃんとしている大人」講座の本の、一つ、恋人の両親へ挨拶、のとこを見ながら、旭輝の実家に行った時の予行練習をしてた。その冒頭、彼女の実家に挨拶に行く時の注意点が写真と一緒に詳しく書かれてる。  その写真はもちろん、彼女と彼氏と、彼女のお父さんとお母さん。同性、じゃない。  俺で、大丈夫?  気に入ってもらえる?  だって、うちと違うでしょ?  っていうか、性別、違う、よ?  一般的、なのからしたら。  ね、ご両親にしてみたら、お嫁さん期待してるんじゃないの? 俺には、その期待の一つも――。 「聡衣らしくでかまわない」 「!」  びっくり、した。 「何してるのかと思った」  そう言って、旭輝が、俺の手の方を指差した。  その手には熟読しまくって、付箋までつけちゃった、誰でもできる「ちゃんとしている大人」講座の本。  高校卒業してすぐ就職だったし、勉強、得意じゃなかったから中学の終わりに受験もあんまりしなかった。勉強、好きじゃないけど、まるで勤勉な受験生にでもなった気分。  こんな付箋がたくさん挟まった、講座本、なんて。 「そんなにかしこまった家じゃない」 「けどっ」  でも、旭輝、官僚じゃん。  そんでお父さん公務員なんでしょ? 「本当に、普通でいいから」  旭輝がふわりと笑って、黒に染めてまだ間もなくて、自分自身に馴染んでないから、鏡を見る度に驚いてる黒髪を撫でてくれた。 「黒髪にしなくてかまわなかったし」  けど。 「似合ってるけど」  そう? 変じゃない? 「聡衣だから、実家に連れて行きたい。ただそれだけだ」  まだ見慣れない自分の黒髪。 「でも、ありがとう」  だって、認めてもらいたい。 「嬉しいよ」  旭輝のパートナーってこと、認めてもらいたいんだもん。

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