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新年のご挨拶、今度は編 6 いざ、参る
今年一番の冷え込みになるんだってさ。
でもさ、今年一番って、今年がまだ始まって一日目なんですけど。
それでも一番が決まっちゃったわけ?
気が早くない?
まだ、もっと寒い日ありそうじゃん。
なのにもう決めちゃうとか時期早々じゃありません?
「ひぇ……」
そんなことを思いながら、元旦、玄関を開けると、その今年一番の冷え込みとなったおかげで、雪景色は一新。また世界は真っ白になっていた。
まるでシュガーパウダーでも振りかけたみたい。
こんなになるくらい降ったんだ。
昨夜の雪。
ちっとも気が付かなかった
大晦日は早めに寝ちゃった。除夜の鐘も聞かずに寝ちゃうのなんて、福袋を元旦初日から売るようなお店にいた時以来だったよ。
あれ、結構な死闘なんだよね。
元旦の福袋。
その一日で声枯れるし。
けど、二日目も三日目も、福袋、売らないといけないでしょ?
もう三日目とかになると、声ガッサガサのカッスカスになったりして。
だから元旦に向けて、大晦日なんて知ったこっちゃないってくらいに早めに寝る。
まるでその時みたいにすっごく早くに寝た。除夜の鐘どころじゃないよ。年越しそばもいらないくらい。
だって、今日は。
「すごいな。ずいぶんと降った」
そう旭輝が呟いた瞬間、見事に真っ白な吐息がふわりと青色の空に立ち込めた。
昨日の雪雲は冷たい風に押し出されて、どこかに行っちゃって、白と水色で街は一新されている。
そんな元旦。
そんな、旭輝の実家にご挨拶に行く日。
「俺も、昨日は誰かさんが寝た後すぐに寝たからな」
「!」
ニヤリと笑ってる。
仕方ないでしょ。今日、旭輝の実家に行くんだもん。一泊二日だよ? 遠いから、新幹線使って、向こうに一泊させてもらうんだよ? もう現段階で吐いちゃいそう。緊張してて、顔、ガチガチに固まってるって自覚ある。
「行くぞ」
革靴は流石に滑るから。
真っ白なスニーカーに黒のパンツ。普段はコートの方が多いけれど、今日はフーデットのパフジャケット。ライトグレーは、旭輝にしては珍しくて。けど、どんな色もしっかり着こなしちゃうから、全然違和感もないし、むしろすっごい似合ってる。
「タクシー、呼べばよかったな」
ほら、また、話す度に真っ白な吐息。
「聡衣」
「?」
顔を上げた時だった。
パシャリとシャッター音がして、旭輝のスマホが。
「ちょっ、わっ、わああああっ!」
「! おいっ」
何撮ってんの、って言おうと思ったけど、足、滑っちゃったじゃん。
そして転びそうになったところを旭輝の大きな手が背中からしっかりと俺のことを抱き留めてくれた。間一髪、だった。
「あっぶな」
「も、もおっ、びっくりした」
「あぁ、危うく、雪にダイブするところだった」
朝からセット、頑張ったのに。
ゆるくウエーブのある自分の髪をどうするのがいいだろうって、すっごい迷って、とりあえず耳にかけて。あまり整髪料使わないようにしてみた。色々しちゃうと派手になるかなって。清楚なほうがいいでしょ? きっと。かといって、あんまりふわふわでナチュラルな仕上げにしてさ、髪がボサボサになったりして気になるのもどうかと思うし。
「いきなり撮ったからびっくりしたじゃん」
まるでワルツでも踊るように、背中を抱いてもらったまま、ゆっくりとその手に支えられながら起き上がる。
「綺麗だったから、つい」
「! な、何言って」
「緊張してる聡衣はなんか、色気があるなぁと」
「なっ、何」
あははって大きく笑ってる。
「ほら、手」
「……」
「また転ぶぞ」
「……」
差し出してもらった手にしっかりと掴まった。
「見られるけど?」
「別に、路上でセックスしてるわけじゃないんだ、捕まらない」
「! ちょ、当たり前でしょ」
「手、繋いでるだけだ」
「……」
ね、冷たくない? 俺の手。
「去年、聡衣の実家に挨拶に行く時、死にそうなくらい緊張した」
「……」
ネクタイ、気にしたの、覚えてる、いつだって優秀で、最高で、超絶良い男なくせに、うちの実家に来るのなんてさ、大したことじゃないのに。王子様が庶民のうちに来ちゃうようなもの。庶民の娘をくださいって言い出したような、そのくらいのことだったのに。
「でも、連れて行ってもらって、紹介してもらって、世界で一番の栄誉だと思った」
「……」
「本当に嬉しかった」
「……」
そこで、フッと旭輝が笑った。
絵になりそうな、すっごいかっこいい笑顔。
虜にならないわけがない。
「気分は、あれだ」
「?」
「国王の姫君をもらいたいと、言い出した一公務員の気分」
好きにならないなんてありえない、かっこいい笑顔。
「っぷ、あははははは」
「笑うなよ」
「だって」
笑うでしょ。
旭輝が王子様なのにさ。
「っぷはははは」
「笑いすぎだ、転ぶぞ」
「だって、あははは」
まぁ、エリート官僚も公務員の一つだけどさ。
「ほら、また滑るぞ」
そう言って、もっとギュッと握ってくれた。
「ったく」
あ。
ねぇ。
「滑らないし」
ねぇねぇ。
「旭輝に掴まってるから」
さっきまで緊張で、まるで降り積もった雪の中に手を入れていたみたいに、冷たくなってた指先はいつの間にか、あったかくなってた。
旭輝に掴まっていた手が、ほら。
「大丈夫」
ね? あったかく、なってる。
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