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新年のご挨拶、今度は編 7 いらっしゃい

 旭輝の実家は、今住んでるところから新幹線で戻って、そこからまた特急に乗り換えて一時間くらい。  不思議だった。  ずっと雪景色ばかりだった。  それがいつの間にか雪は消えて、景色は田園、畑から、建物がひしめきあうように、ギュッと並べられている混み入ったものに変わっていく。窓を開けて手を伸ばしたら、もしかしたら隣の窓に触れられそうなくらい、ギュッと並んでる。  今、旭輝と住んでるところも比較的住宅も多くて、週末になれば、遊びに来た地元の中高生や観光客で賑わうけれど、全然違ってる。  そこからまた今度は急行で、ゆっくり、でも、だんだんと変わっていく景色を眺めてた。 「やっぱり正月だから混んでたな」 「う、ん」  今住んでるところと、中継点になるところ、それから旭輝の実家のある駅。  今住んでるところは観光地って感じ。  中継点になるところはとにかく混んでる大都市。  そしてここは、お天気予報とかニュースとかでよく耳にする駅だけれど、ちょっと、なんだか古臭い感じがする。 「聡衣、こっち」 「あ、うん」 「タクシーでいいか」 「うん」  旭輝が慣れた足取りで駅を出ると、冷たい風が挨拶でもするみたいに、ビューって吹き付けてきた。 「寒いな……」 「あ、うん」  背の高い旭輝がぐるりと周りを見渡して。 「タクシー乗り場、変わったのか」 「? そう、なんだ」 「らしい。駅も結構変わってる。前はこんなマンションなかったから」 「……へぇ」  すご。  綺麗なマンション。それに駅直結? とかなのかな。  とても大きな駅だけど、人はすごく少なかった。 「うちはここからタクシーで二十分くらい」 「へぇ、そうなんだ」 「あぁ」  ここが、旭輝の出発したとこ、なんだ。  ここから上京して、俺のこと。 「聡衣」 「!」  そこに俺と一緒に戻ってきたっていうの。 「う、うん」  なんか、少し、感動した。  大きな駅からタクシーで進むと、乗用車よりも大型トラックが多く走る主要道路をずっと進んだ。そこから傍に逸れると急に住宅地が多くなってく。それから畑も。  お正月だからか、どの畑もなんとなくのんびりとしていて、人は一人も歩いてなかった。  道が広くて、二車線ある大通りは信号もほとんどない。そこをちょっと驚くくらいに大きなトラックが走ってる。その脇をスイスイと俺たちを乗せたタクシーが追い越していく。中央分離帯の枯草がその行き交う車で巻き起こる風にゆらゆら揺れてた。  コンビニは二つ、途中で見つけた。そこにも大きなトラックがたくさん停まってた。  ここで育ったんだ、なんて、じっと窓の外を眺めてばかりいたら。  ――田舎だろ?  そう言って旭輝が笑ってた。  どこのお家も大きな庭があって、車が最低でも一台、でも、時期的なのかな、ほら、帰省とかで家族が帰ってきてるのかも。駐車スペースに停められなかったファミリーカーがたまに路上にも停まってる。  古い日本家屋風のところもあれば、オーダーデザインっぽい真新しいお家も。 「……」  タクシーを降りると、肩が縮こまるくらいに空気がツンと冷えていた。  すごい、静か。  誰も歩いてない。って、お正月だもんね。  旭輝の実家は、古い日本家屋だった。  門……あるんだ。  すご。  あ、庭、広い。  畑になってる。 「聡衣」 「あ、うん」  呼ばれて駆け寄ると、旭輝がインターホンを押した。 「っ」  心臓がぎゅってする。  ど、しよ。  挨拶。  今更だけど、平気? って、なってる。  男だし。  エリートじゃないし。  その。  えっと。 『はーい』  インターホン越しに聞こえてきたのは、明るい返事だった。  ね、言ってある?  今日、その、俺を連れてくること。  相手は男だってちゃんと。 「!」  ガチャ、って、旭輝が門を開けて、そのまま石畳の上を歩いていくのにくっついて、一歩、二歩って、進みながら、これ以上ないってくらいに大暴れしてる心臓に眩暈がした。  反対されるかも。  歓迎なんてされなくて、むしろ、お正月の平和な雰囲気が台無しになるかも。  嵐に。 「おかえりー」  玄関が、カラカラと平和な音を立てながら開いた。 「こんにちは」 「! あ、あの、は、初めましてっ、枝島っ」 「聡衣さん」 「!」  心臓がギュッとしたところから飛び跳ねた。 「初めまして。旭輝の母です」  同じ、笑顔だった。 「さ、とにかく中へ。んもー、今日は寒くて寒くて」  旭輝と同じ笑顔。ちょっと目を細めて、口元が優しく綻ぶ笑い方。俺の好きな旭輝の笑った顔とそっくりだった。 「お正月に帰ってくるのなんて久しぶりじゃない? というより、ほとんど帰ってこないから」 「仕事が忙しいんだよ」 「はいはい。お父さん、旭輝帰ってきたわよ」 「……あぁ」  わ。 「お、お邪魔、します」  すご。 「あの、枝島」 「聡衣さん」 「!」 「いつも旭輝がお世話になってます。遠くからどうもありがとう」  旭輝とそっくり。 「あ、いえっ、とんでもない、です。お正月なのに、その、お邪魔してっ」  この人が、旭輝の、お父さん。  渋くて、かっこいい。  背、高そう。 「あ、おじーちゃん、旭輝が帰ってきてます」 「……あぁ」  少し掠れた渋い声。優しいその声と、ゆっくりとした足音がして。 「あ、あのっ、初めましてっ」 「あぁ、聡衣さん、でしたね? 初めまして」  優しそうな、シュッとした人だった。白髪を後ろに流してて、なんか、普通に渋くてかっこいい。 「よくいらっしゃってくださいました」 「あ、いえ」  すっごくたくさん練習したんだけど。  靴の脱ぎ方とかリビングで何度もシミュレーションして、挨拶だって丸暗記したのに、そんな全部が吹っ飛んじゃって、気がついたら、もう居間だし。  靴、どうやって脱いだっけ?  お尻、向けちゃってなかった?  大丈夫だった?  頭ん中、真っ白だった。  けど、とにかく嬉しかった。 「ほら、こたつ入って、旭輝も、ほらほら、聡衣さんも」  だって、みんな、俺のこと「聡衣」って名前、覚えてくれてたから。  嬉しくて、泣きそうだった。

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