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新年のご挨拶、今度は編 8 職員室にゴー
嬉しかったのは、もう俺の名前を知っていてくれたこと。旭輝が話してくれていて、名前、覚えていてくれたこと。
緊張しすぎてて、ろくにちゃんと挨拶できない俺に笑ってくれたこと。
それから、旭輝の笑い方がお母さんと一緒なのがわかったこと。
顔の感じはお父さんそっくりで、きっと、数十年後の旭輝はこんな渋い感じになるんだろうなって想像できたこと。おじいちゃんになったら、このくらい柔らかい物腰になるのかなぁ、とか。
「聡衣さんもお酒飲めるのよね?」
「あ、はい。あ、あの、俺、手伝い、ます」
「あら、そう? まだお寿司は届かないんだけど、もう宴会始めちゃってもいいわよね? じゃあ、グラス、えっと、お姉ちゃんは後で来るから、とりあえず、五つ、持って行ってもらってもいい?」
「はいっ」
俺に、お手伝い、させてくれたこと。
普通に。
にっこりと笑顔で。
嫌がられるかもって、少しだけ思ってた。だって、俺は「お嫁さん」じゃないじゃん? だから、キッチンに入られるの、いやかなって。
「あ、乾杯まだだわ。旭輝、お姉ちゃん、後で迎えに行ってもらえる? 電話来たら。そろそろ着くと思うの。タカ君と来るけど、車、修理出しちゃったから電車なの。その頃には、きっとお寿司も届いてるだろうし」
「なんで?」
お母さんは忙しそうにキッチンの中を動き回りながら、テキパキと取り分ける用の小皿に、コップ、割り箸、箸置き、必要なものをトレイの上に乗せていく。
なんとなく、その姿がうちのお母さんに重なった。
世界で一番忙しくて、世界で一番最強で、世界で一番、きっと家族を支えてるスーパーヒーロー。
「ぶつけたんだって、お姉ちゃん、それで年末年始、車ないって」
お姉さん、だ。
そう、ちょっと気持ちがまた引き締まった。会うの、楽しみって言っててくれたらしいけど、それがどっちの意味かっていうと……俺はちょっと覚悟してるっていうか。
だってさ。こんだけ、イケメンでエリートで、絶対に自慢の弟だと思う。その弟にふさわしいのって、やっぱり可愛くて美人じゃないと、じゃない? 同じエリート官僚とか、もしくは花嫁修行満点で卒業レベルとか。
女の人でさえ、そうそういないような完璧を求められそうな。
だから、まず性別の時点で不合格っていうか。
大事な家族だからこそ、その家族の中に入れる人は厳選されるの当たり前、みたいな。
「呆れた顔しないの。強引というか、荒っぽいのよ。運転というか、性格。旭輝とそっくりでしょ?」
「俺は」
反論しようとしたら、キュッとお母さんが口元を引き締めた。
まぁ、確かに。うん。旭輝は、強引なとこ、ある、かな。初対面が、まぁ、そうだったし。
「あ、グラス持ってきます」
「ありがとう。じゃあ、それと小皿と」
「はい」
「聡衣は座ってていい」
そう言って大きな手が重ねた五つのグラスと小皿を俺の手からパッとさらっていく。
「あら、優しい」
お母さんはハキハキとしているけれど、柔らかい感じの人だった。もっと、なんていうか、エリートのおうちのお上品なお母さんを想像してたけど、軽快な口調が心地よくて、弾けるようにキッチンを歩き回るところとか、イメージと違ってる。
「あ、ほら、お姉ちゃん、着くって、駅に迎えに行ってあげて」
「……タクシーで来ればいいだろ」
「いーじゃない、減るわけじゃないし」
「ガソリンが減る」
「あー言えば、こう言うをしないように、はいはい、はい、鍵、ダウン、はい、行ってらっしゃい。乾杯は待っててあげるから。帰ってきたらお寿司も届いててちょうどいいわよ」
こういうとこ、ちょっと似てる。
サクサクしてる口調っていうか、テキパキとしてるとこも似てるかも。
「……じゃあ、聡衣も」
「あ、うん」
「ダーメ、長距離で疲れてるだろうから、聡衣くんはゆっくりしてて」
「……」
そこで旭輝が、ちらりと俺の方を見て。
「……」
あ。
ね、これ。
「はい。行ってらっしゃい」
これってさ。
「……わかった」
もしかして。
「聡衣」
「あ、う、うん。じゃあ、お言葉に甘えて、ここで待たせてもらう、ね」
「……あぁ」
やば、ちょっと、声が緊張でひっくり返りそうになった。
だってさ、これって、たぶん。
覚えある感じ。
学校とかで「おい、枝島、ちょっと職員室来るように」そう言われた時の緊張感と同じ感じが、今、ピシって、脳裏を走ったもん。
髪の色をワントーンまた明るくしたこと、言われるかな。それとも、バイトの面接受けたことかな。落ちたけど。
みたいに、これからその職員室に行って怒られるんだろうなぁって、少し溜め息が出ちゃう感じと、同じ、じゃない?
「……行ってきます」
「はーい、行ってらっしゃい。旭輝も運転気をつけてねー」
「……あぁ、聡衣も」
「う、うんっ、行ってらっしゃいっ」
これ、きっと、それだよね?
職員室に行く感じ、だよね?
旭輝がいると言いにくいもんね。俺一人の時の方が、その、言いやすくない?
同性だなんてって。
大事な息子の将来のためを思って、別れてくれないかって。
俺から、その別れを言ってやってくれないかって。
そういう展開――。
「聡衣くん」
「は、はいっ」
だよね?
「ちょっと、いいかしら」
「……」
ギュッと身構えた。
それを言われた時に、ちゃんと反論できるようにって。
はーい、すみませーん、じゃなくて。
頷くんじゃなくて。
それでも俺たちはって、言い張れるように。
ギュッと肩に力を入れた。
「座ってもらってもいい?」
「は、い……」
来た、そう思った。
そして、立ち向かう勇気をギュッと握るように、正座して座った膝の上で拳を作った。
「聡衣くん」
頑張れ。自分。
ちゃんと。
「どうか、ずっと仲良くね」
言い切れるように。
「…………え?」
そう、肩にギュッと入れた力が、お母さんの笑顔に、フッと消えた。
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