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新年のご挨拶、今度は編 9 指輪、きらり
身構えてた。
きっと、旭輝本人がいると話が進まないから、俺一人の時に、どうか本当に好きなら、本当に大事だと思うのなら、将来のことを考えて別れてはくれないかって言われるって。
それも、わかるし。
そっちの方がって思う親の気持ち、わかるし。
だけど。
「ぁ……の」
「旭輝がいると、ややこしくなるから」
「……」
「きっとここに来るまで色々考えたんじゃないかなって思ったの。聡衣くん、すごく緊張してたから」
「……」
「上手に言葉にはできないのだけれど、気にしてないのよ?」
違った。
旭輝がいなくなった隙にこっそりとお母さんが話してくれたのは、別れて欲しいとかの俺が思っていた、言葉じゃなかった。
「きっと同性だから色々あると思うけど、ほら、結婚とかね? あの子の職場だと、そういうのも影響があったりするだろうし。親バカだと思ってください。私の産んだ子とは思えないくらいに優秀だから、職場でも評価されてたり、そうするとずっと独身だとお見合いとか勧められることもあるでしょうし」
今時って、思うけど。
でも、官僚ともなれば、結婚して、家庭を、とかあるかもって思う。古い人とかは、何も気兼ねすることなく、結婚しないのか? なんて訊いてくると思う。訊かれたことも、あると思う。
「その度に、思うことがあるかもしれないけど」
「……」
「旭輝の隣にいてください」
別れて、じゃなかった。
「周りにどんなことを言われても、私たちは、あの子の親は、お二人を認めてます」
逆、だった。
「それをちゃんと伝えたかったの」
そばに、隣にいて良いって。
「旭輝がいると、そんなのわかってるとか周りなんて関係ないとか言い出すでしょ? そういうことじゃないって話なのに、聡衣さんが少しでも不安にならないようにって話なのに、あの子、我が強いから」
オーケー、もらえた。
「大事な人だと、ね? 大事な人だからこそ、かな。周りに、その大事な人をどう思われるか気にしちゃうでしょ? 聡衣さん、繊細な気がするから」
「……」
「大丈夫! 旭輝の実の親が太鼓判押しました」
「っ」
「それだけ、こっそり伝えたかったの。結婚式、みたいなの、二人でするつもりなのかわからないけど」
「そ、そんなっ、ことっ」
「もし、何かお披露目する時は招待してください。聡衣さんから、旭輝に呼んでって伝えてもらえる?」
「っ」
そんなこと、思ったこともなかった。
指輪、もらえたけど。すごいシンプルな、いかにもって感じの指輪だったけど、だからって、やっぱ、「結婚」みたいな形は自分の中になくて。旭輝と、とかじゃない。自分の恋愛事はその先にそういうの繋がっていってなかったから。
だから、きっと、旭輝にちゃんとした形としての「関係」に「繋がり」になろうって言われたら、すごく驚いたと思う。そんで、その時は、お母さんとか、うちのお母さんのこととか色々考えて、やっぱ、ビビってたと思う。
「あ、あのっ、でも、俺っ」
それでもやっぱり出てきちゃう「でも」の言葉。
男で、家族ってなっても、その、色んな。
「旭輝から電話があって」
「!」
そんな俺にお母さんがそっと呟くように教えてくれた。
「紹介したい人がいるって言われてとても驚いたの」
そこでお母さんがニコッと笑った。旭輝と同じ笑顔。
「そういうの、いつも自分から遠ざけるようにしてたところあったから、あぁ、この子は仕事一筋で行くのかなって思ってた」
そう、なんだ。
「まぁ、それでもいっかって思ってたの。孫が、とかじゃないのよ?」
「っ」
その単語に一番、ギュッと心臓を握られた気がする。俺がそばにいたら一番不可能なことだから。そんで、それは女の人と結婚したら、叶う可能性がゼロじゃないこと、だから。
「あの子が仕事一筋で幸せならそれでいっかって思ったの。でも本音を言えばね」
ほら、またギュッとした。
「誰か大事な人を見つけられたらなぁって思ったのよ」
「……」
「誰でもいいんだけど。っていうと、聡衣さんには違うように取られてしまうかもしれないけど。うーん……私、旭輝みたいに賢くないから説明難しいんだけど、一緒にいたいと思う人? 仕事でへとへとになった時に、会いたい、見たいって思える人。だって、仕事一筋! 仕事命です! って言ったって、その仕事は旭輝におかえりを言ってくれるわけじゃないでしょ?」
「……」
「上手に説明できないんだけど」
「い、いえっ」
俺は大慌てで否定した。言いたいこと、わかるから。
俺もアパレルの仕事すっごい好きだけど。でも、その仕事が旭輝みたいに隣にいて、手を繋いでくれるわけじゃない。笑顔で「おかえり」って、嬉しそうに「いただきます」って、隣で、そばで言ってくれるわけじゃない。帰れば一人だから。
どんなに好きな仕事だとしたって、寂しいって思う夜はどっかにある。
「だから、やっぱり大事な人、見つけて欲しいなぁって思ってたから」
「……」
「紹介したい人がいるって教えてもらえた時、嬉しかったわ」
ニコって笑ってくれるお母さんの目元に皺があった。素敵な皺。
「さっきも言ったけど」
「……」
「旭輝はすっごく優秀なの」
旭輝の笑った顔はお母さんそっくり。
「そんな旭輝が満を持して見つけた人だもの」
だから、きっとあと十年? 二十年? そのくらい先、かな。その時、俺が隣で見つめる笑顔にもきっと同じ皺があるのかもしれないって、今、すごくはっきりと思い浮かんだ。
「きっととっても素敵な人なんだろうって楽しみにしてたの。そしたら本当に素敵な人だった」
「俺はっ」
自分の恋愛事の先にはなかった形が、今、すごくクリアに頭の中に思い浮かんだ。
「我儘言ったり、我も強いけど、仲良くしてやってね?」
「はい」
そう言って、お母さんが俺の手をギュッと握ってくれた時、窓から注ぐあったかい日差しが反射して、ほんの少しだけ、角が丸くなった気がする槌目加工の指輪がキラキラ輝いた。
「はいっ」
キラキラって、眩しいくらいに輝いた。
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