153 / 167

新年のご挨拶、今度は編 10 溢れる

 ねぇ、感動、なんだけど。  どーすんの、こんなに迎えてもらえちゃっていいのかな。  ねぇ、すごいこと、だよ。  本当に。 「あ、それでね、お姉ちゃんなんだけど」 「は、はいっ」  そうだった。お姉さんがいて、そのお姉さんにはすごく気にされてるって。 「頑張って!」 「ひぇ、あっ、は、はいっ」  せっかくお母さんにこう言ってもらえたんだもん。頑張るよ。お姉さんにも認めてもらえるように。手土産にはカシミアのストール、持ってきたし。触り心地抜群。どんな繊細な肌の人だって、気持ち良いって思ってもらえると思う。アパレル一筋のこの手で、目でしっかり吟味したから、きっと。 「うちのお姉ちゃん」 「は、はい」  厳しい目で審査されるだろうけど、あのカシミヤのストールでいくらか点数減点を軽減できるかと。 「うちのお姉ちゃんね」 「は、はい」 「帰った」  それは玄関先から聞こえてきた。旭輝の声。端的で、少しぶっきらぼうな声。 「ただいまー!」  その次に聞こえてきた声は凛としていて、高いけれど旭輝に声色が似ているって思った。でも、旭輝の何倍も大きな声。  その声に、背筋にビシッと一本ぶっとい針金が通った感じ。  あの、商談に挑む時とか、初の買い付けに出かけた時とかに似てる。  いざ、って感じの緊張感が背中に走った。 「あ、お姉ちゃん」  そのお母さんののんびりとした声とは反対に、心臓がギュギュッて加速度的に動き始めて。 「っ」  出迎えに行くお母さんの後ろについていきながら、手汗をギュッと。 「キャー! 聡衣くん? わ、本当に美形! こんな美形いるんだー! すご肌ツルスベ、えぇ? 髪、写真で見た時とは違うんだ! 黒色も素敵ー! 美人が際立つ感じ! 最高!」  ギュッと握った手を、覆うように、お姉さんの細い指が、ギュギュって握って。 「初めまして。旭輝の姉の文です」 「は、はじ、」 「会いたかったぁ」  ち、近。 「写真、見せてもらった時から、もうずっと会いたくて! やっと会わせてもらえたー!」 「あ、あの」 「文、近い、聡衣がビビってる」 「そうよ。お姉ちゃん、なんでも綺麗な人見ると興奮するの、よくない。もう本当に、突進しすぎるの」  あ、そういうとこ、ちょっとだけ旭輝に似てるかも。 「あとで、写真撮らせてね! 眼福っ」 「は……は、ぃ」  すご。 「こんにちは」 「! は、あっ、は、初めましてっ、あの枝島」 「聡衣さん」 「!」  お姉さんの旦那さん、だ。うわ、優しそう。  慌てている俺に、にっこり笑ってくれた。同じ男性だし、色々、思うことあるかなって思ったけど。旭輝にしてみたら義理のお兄さんにあたるその人は無口なのか、優しく微笑みながら、リビングにいるお父さんとおじいちゃんのところに向かった。 「これで全員」 「うん」 「……聡衣?」 「っ」  なんか。 「やばっ」 「……」  リビングの方から賑やかな声が聞こえてきた。  泣きそう、っていうか泣く。  ギュッと唇のとこを噛み締めた。じゃないと、お正月でさ、おめでたくて、とっても貴重な家族団らんの大事な時間に水、挿しちゃうでしょ? せっかく楽しく過ごしてる時に泣いたらダメじゃん。  けど、すごく嬉しかった。  聡衣さん、って言ってもらえて、出迎えてもらえて、歓迎してもらえた。  俺が旭輝のご両親に見せてあげられるものなんて、何一つないのに。ゆっくり増えていく家族とか、孫とか、見せてあげられないのに。 「あら、ほら、二人ともー? 早く、乾杯するからこっち来て」 「は、はいっ」  お母さんに呼ばれて、指先で、目元に滲んだ雫を拭った。 「ごめっ、行こっか」 「……あぁ」  リビングにはこたつのテーブルいっぱいになっちゃうくらいに大きな器に入ったお寿司。それにおせちとお刺身が並んでる。 「さ、じゃあ、ご挨拶」 「……ぇっ! あっ」  俺?  すんの?  あ。  えっと。  旭輝の隣に座らせてもらって、それから、グラスを手渡された。ビール注いでもらって。 「……あっ」  お母さんもお父さんも、おじいちゃんも、お姉さんに、その旦那さん。全員がニコッと笑いながら、こっち見てる。  全然、予行練習と違ってるんだけど。イメトレしてたのは、ピシリと張り詰めた緊張感の中で、名前を告げて、お付き合いをさせていただいてるって、どうか、どうか、よろしくお願いしますって、言う場面、だったんだ。 「枝島聡衣さん、みんなに紹介したくて今日、一緒に年始の挨拶に来た」  芯のある強くて凛としていて、張りのある旭輝の声がリビングに響いた。 「大事な人です」  また泣きたくなるくらいに優しい声。 「聡衣」 「っ、! あ、あの」 「よろしくね」  優しい声に、優しい空間。 「はい」  優しい気持ちが溢れてくる。 「こちらこそ、どうか、よろしく、お願いします」  そう、途切れ途切れに、緊張から何度も喉奥で声がつっかえりながら、深くお辞儀をした。二人で。それから顔を上げたら、旭輝が笑ってくれた。  優しく。  たまらなくなるくらいに優しく。 「良いお正月……息子のこんな嬉しそうな顔が見られるなんて」 「!」 「来てくれて、本当にありがとうね」  一つ。 「いえっ、あの」 「本当に良いお正月」  見せてあげられたのかもしれない。 「聡衣さん」 「!」 「明けましておめでとう」 「は、はいっ、おめでとう、ございます」  旭輝の家族に、一つ、見せてあげられた気がした。 「聡衣、ビール」 「あ、ありがと」  旭輝の、笑顔を、見せてあげられた。

ともだちにシェアしよう!