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新年のご挨拶、今度は編 10 溢れる
ねぇ、感動、なんだけど。
どーすんの、こんなに迎えてもらえちゃっていいのかな。
ねぇ、すごいこと、だよ。
本当に。
「あ、それでね、お姉ちゃんなんだけど」
「は、はいっ」
そうだった。お姉さんがいて、そのお姉さんにはすごく気にされてるって。
「頑張って!」
「ひぇ、あっ、は、はいっ」
せっかくお母さんにこう言ってもらえたんだもん。頑張るよ。お姉さんにも認めてもらえるように。手土産にはカシミアのストール、持ってきたし。触り心地抜群。どんな繊細な肌の人だって、気持ち良いって思ってもらえると思う。アパレル一筋のこの手で、目でしっかり吟味したから、きっと。
「うちのお姉ちゃん」
「は、はい」
厳しい目で審査されるだろうけど、あのカシミヤのストールでいくらか点数減点を軽減できるかと。
「うちのお姉ちゃんね」
「は、はい」
「帰った」
それは玄関先から聞こえてきた。旭輝の声。端的で、少しぶっきらぼうな声。
「ただいまー!」
その次に聞こえてきた声は凛としていて、高いけれど旭輝に声色が似ているって思った。でも、旭輝の何倍も大きな声。
その声に、背筋にビシッと一本ぶっとい針金が通った感じ。
あの、商談に挑む時とか、初の買い付けに出かけた時とかに似てる。
いざ、って感じの緊張感が背中に走った。
「あ、お姉ちゃん」
そのお母さんののんびりとした声とは反対に、心臓がギュギュッて加速度的に動き始めて。
「っ」
出迎えに行くお母さんの後ろについていきながら、手汗をギュッと。
「キャー! 聡衣くん? わ、本当に美形! こんな美形いるんだー! すご肌ツルスベ、えぇ? 髪、写真で見た時とは違うんだ! 黒色も素敵ー! 美人が際立つ感じ! 最高!」
ギュッと握った手を、覆うように、お姉さんの細い指が、ギュギュって握って。
「初めまして。旭輝の姉の文です」
「は、はじ、」
「会いたかったぁ」
ち、近。
「写真、見せてもらった時から、もうずっと会いたくて! やっと会わせてもらえたー!」
「あ、あの」
「文、近い、聡衣がビビってる」
「そうよ。お姉ちゃん、なんでも綺麗な人見ると興奮するの、よくない。もう本当に、突進しすぎるの」
あ、そういうとこ、ちょっとだけ旭輝に似てるかも。
「あとで、写真撮らせてね! 眼福っ」
「は……は、ぃ」
すご。
「こんにちは」
「! は、あっ、は、初めましてっ、あの枝島」
「聡衣さん」
「!」
お姉さんの旦那さん、だ。うわ、優しそう。
慌てている俺に、にっこり笑ってくれた。同じ男性だし、色々、思うことあるかなって思ったけど。旭輝にしてみたら義理のお兄さんにあたるその人は無口なのか、優しく微笑みながら、リビングにいるお父さんとおじいちゃんのところに向かった。
「これで全員」
「うん」
「……聡衣?」
「っ」
なんか。
「やばっ」
「……」
リビングの方から賑やかな声が聞こえてきた。
泣きそう、っていうか泣く。
ギュッと唇のとこを噛み締めた。じゃないと、お正月でさ、おめでたくて、とっても貴重な家族団らんの大事な時間に水、挿しちゃうでしょ? せっかく楽しく過ごしてる時に泣いたらダメじゃん。
けど、すごく嬉しかった。
聡衣さん、って言ってもらえて、出迎えてもらえて、歓迎してもらえた。
俺が旭輝のご両親に見せてあげられるものなんて、何一つないのに。ゆっくり増えていく家族とか、孫とか、見せてあげられないのに。
「あら、ほら、二人ともー? 早く、乾杯するからこっち来て」
「は、はいっ」
お母さんに呼ばれて、指先で、目元に滲んだ雫を拭った。
「ごめっ、行こっか」
「……あぁ」
リビングにはこたつのテーブルいっぱいになっちゃうくらいに大きな器に入ったお寿司。それにおせちとお刺身が並んでる。
「さ、じゃあ、ご挨拶」
「……ぇっ! あっ」
俺?
すんの?
あ。
えっと。
旭輝の隣に座らせてもらって、それから、グラスを手渡された。ビール注いでもらって。
「……あっ」
お母さんもお父さんも、おじいちゃんも、お姉さんに、その旦那さん。全員がニコッと笑いながら、こっち見てる。
全然、予行練習と違ってるんだけど。イメトレしてたのは、ピシリと張り詰めた緊張感の中で、名前を告げて、お付き合いをさせていただいてるって、どうか、どうか、よろしくお願いしますって、言う場面、だったんだ。
「枝島聡衣さん、みんなに紹介したくて今日、一緒に年始の挨拶に来た」
芯のある強くて凛としていて、張りのある旭輝の声がリビングに響いた。
「大事な人です」
また泣きたくなるくらいに優しい声。
「聡衣」
「っ、! あ、あの」
「よろしくね」
優しい声に、優しい空間。
「はい」
優しい気持ちが溢れてくる。
「こちらこそ、どうか、よろしく、お願いします」
そう、途切れ途切れに、緊張から何度も喉奥で声がつっかえりながら、深くお辞儀をした。二人で。それから顔を上げたら、旭輝が笑ってくれた。
優しく。
たまらなくなるくらいに優しく。
「良いお正月……息子のこんな嬉しそうな顔が見られるなんて」
「!」
「来てくれて、本当にありがとうね」
一つ。
「いえっ、あの」
「本当に良いお正月」
見せてあげられたのかもしれない。
「聡衣さん」
「!」
「明けましておめでとう」
「は、はいっ、おめでとう、ございます」
旭輝の家族に、一つ、見せてあげられた気がした。
「聡衣、ビール」
「あ、ありがと」
旭輝の、笑顔を、見せてあげられた。
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