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新年のご挨拶、今度は編 11 道のり

 こんなに大きなお寿司の出前とか、あるんだって驚いた。お刺身もおせちも並べると、取り分ける小皿を乗せるスペースがなくて。グラスの置き場にもちょっと迷っちゃうくらい。 「うち、母と二人だったので」 「そうなの?」 「だから、こんなにたくさんテーブルに並ぶってちょっとびっくりです」  あまりに俺が驚いてたんだと思う。苦手なものがあった? って、お母さんに訊かれちゃって、慌てて、そうじゃなくて、ただ、驚いてるだけですって伝えた。 「それに、母は看護師だから」 「まぁ、それは、すごいお仕事ね」 「あ、いえっ」  普段はね、人見知りなんてしない。仕事柄、人と接するのは好きなほうだと思う。もちろん、お客様に合わせて接客はしてる。話しかけられたくない人にはそっと挨拶する程度。反対に話しながらお買い物したい人には、おしゃべりをしながら色々アイデアとか伝えてみたりする。その人の心地良い空間を買い物の中に作るのは、得意、な方だと思う。  けど、今日はそんなアパレルスキルがちっとも通用しなくてさ。  いえ、はい、あ、はい。  ずっとそんな感じ。 「あ! あの、すみませんっ、俺、今日、お土産をっ」 「まぁ」 「あの、本当にすみません。最初に渡さないと」 「いいのよー。もちろんお土産だって気にしなくてよかったのに」 「いえっ」  ほら、また、いえ、はい、あの、ばっか連呼してる。  けど、お母さんはにっこりと笑ってくれた。 「あの、お菓子、和菓子がお好きだって、旭輝、さんから伺ってるので」 「まぁ!」 「あっ! でもっ、和菓子屋さんにお勤めと聞いてたから、その和菓子と洋菓子のミックスっていうか、すみませんっ」  和菓子って言った瞬間、すっごく嬉しそうに顔を綻ばせてくれたから、あぁ、失敗したって思った。だって、いつも食べてるかなって思って、和菓子屋さんが作った洋風羊羹、だから。 「ま、すごい、美味しそう! あとでみんなで切り分けていただきましょう」  けど、こっちは、多分、大丈夫。 「あと、これは皆さんに」 「まっ」 「お店、支店なんですけど、ネットショップというか、それしながら実店舗でもやらせてもらっていて、そこの品物なんです。自分でデザイナーさんとか工房とか回って、買い付けて、セレクトショップしてて」 「地元で人気なんだ。最初、ネットがメインだった。で、観光地に小さなショップを構えて。けど、評判良くて、実店舗にも客が来てくれてる」 「まぁ、すごい」 「俺は、全然」  あ、今更だけど、俺って、言っていいのかな。  こういう時、自分? って言うべき? 女の人だったら「私」って言えるけど。 「けど、あの、どうぞ」  ご両親には手袋を。あんま、こっちは雪降らないだろうけど、でも、寒い時に使ってもらえたらって。小さいものだからそう幅を取るわけじゃないし。おじいちゃんにはマフラーを。カシミヤだから暖かくて肌触りも良いと思う。保湿効果があるって言ってたから、乾燥しやすいこの時期には良いかなって。  あと、お姉さんにはストール。これもカシミヤ。渋い茜色だから女の人の肌を綺麗に見せると思う。そしてお姉さんの旦那さんにも、ハンカチと靴下。このくらいなら支障ないかなって。好みもあるだろうし、どんな感じの人なのか詳しく聞いてなくて。趣味合ってなかったりしたら申し訳ないから。 「まぁ、ペアルック」 「あ、はい。あの。性別問わないグッズなので。手編みなんです。ニットの作家さんで。それで、手編みだからこその柔らかさとかあるんで」 「これはこれは」 「マフラーは、多分、肌触りすごく良いので、広げると膝掛けにもなるんです」 「うわぁ、素敵」 「こっちも触り心地良いと思います。ぜひ、あの」  ニコって笑ってくれた。 「いただけたからじゃなく、本当にありがとうね」 「! いえ」  けっこうしんどかったこともある。この仕事。アパレルって。ずっと立ち仕事。力仕事もすっごいあって。理不尽なことを言われることもあるし、繁忙期なんてボッロボロになるくらい疲れる。  でも、こうして自分が見て、触れて、確かめた品に笑顔になってもらえると最高の仕事ができたって思う。  作るわけじゃなくて、ただ提供するだけの仕事って思ったこともあったけど。  でも、作る人と、使う人のちょうどいい架け橋になれたって、思う。 「そうだ、聡衣さん?」 「は、はいっ」  飛び上がっちゃった。ずっと静かにしていたおじいちゃんがいきなり俺のこと、呼んだだから。慌てて、手招きされた隣に行くと、ニコッとおじいちゃんも笑ってくれた。 「とても良い品をありがとう。ところで」 「は、はいっ」 「旭輝は煮物、好き?」 「あ、はい」 「あれはね、子どもの頃から煮物とか、漬物とか、好きでね」 「はい」 「じーさんみたいだってよく言ってたんだよ」 「はい」 「あ、魚の煮付けも好きだったなぁ」 「そうなんですか?」 「あとね……」  けっこう、しんどかったこと、あったよ。  恋愛でも。  自分のことでも。  同性が好きっていうの、誰にも言えなかったり、その反動で、大人になって、泣きを見るようなズタボロになっちゃうレンアイしてみたり。  自分の恋愛観を直せるのなら、直したいって思ってみたり。直せることじゃないのにね。異性愛の人が、同性を好きになるってこと、ほとんどないみたいに、俺の恋愛も無理に直しようがないのに。  溜め息が出ちゃうことだってあったけど。 「そうだ、ね、うちの煮物の作り方教えるわ。旭輝も自分で作れるんだけど……なんか、しょっぱいのよ」 「いいんですか?」 「もちろんっ」  でも、今、ここにいられるから、今までの全部、丸ごと、よかったって思える。 「まずね……」  自分のままで来て、よかったって、思う。
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