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新年のご挨拶、今度は編 15 新婚さん

 まずはじっくりお酒とみりんで煮込むんだって。  そんなの知らなかったから最初から調味料入れてたなぁ。っていうか、うちのお母さんがそうだったし。  お酒とみりんで煮込むと煮崩れ防止になるんだそうです。  なるほど。 「んー……もういいのかなぁ」  蓋を開けると、いい匂い……はしないけど、ほくほくと柔らかそうなジャガイモが煮崩れすることなく湯気を立たせてる。 「お醤油……っと」  アパレルってさ。お正月が超繁忙期っていうか、ここでコケると相当な痛手になるんだよね。夏服よりも冬服の方が売り上げだって注視されるし。だから、年初めって、もう必死だった。  三が日がすぎた頃にはもうヘトヘトで、声もガラガラ。接客業なのに声が掠れて全然声掛けできる状態じゃなかったりして。  けど、三が日、最終日、明日からが逆にアルコイリスは商戦期、かな。  三が日明け、四日から営業しております。ぜひ、新春のお買い物にアルコイリスをご利用ください、です。  だから、こんなのんびりとしたお正月は初めて。 「あと……砂糖」  じゃないか。  うん。  初めてじゃない。  去年はお正月にお母さんに会って、けっこうのんびりとしたお正月だった。それからちょっと感動も混じったお正月だったよ。  今年は――。 「さっきから、キッチンで何してるんだ?」 「んー? 煮物」  今年はすっごく感動がいっぱいなお正月になった。  二年連続、家族と過ごす、優しいお正月だった。 「旭輝のお母さんに教えてもらったの。みりんと日本酒で最初に煮てから味付けするんだって」 「へぇ」  そんなお正月も今日でおしまい。  旭輝はあと三日ほど休みだけど、俺は明日からお仕事。  ちょっと多めに作ってさ、お弁当にも持って行こうかなぁって。 「今日の夕飯」  肉じゃが、旭輝のお母さん直伝。 「教えてもらったの。これ。旭輝ンちでさ」  煮物、好きって言ってたの、すっごいわかった。  お母さんの料理すごく美味しかったから。甘くて、こく? なのかな、深み? なんだろ。けど肉じゃががご馳走って思えたから。  なるほどって思った。  これは好物になるよねって。 「余ったら、明日の俺の弁当に入れようと思ってさ」  ほら、立ちこめる湯気にほっこりとした肉じゃがのいい香りがしてきた。ちょっとお腹も空いてきた夕暮れ時には、味見がしたくなってくる美味しそうな匂い。 「じゃあ、先に少し取り分けておいたほうがいいぞ」 「?」 「きっと余らない」  そう勝ち誇ったようになんでか笑うから、こっちも笑っちゃった。 「えぇ? こんなにあるのに?」  お鍋にいっぱいに作ったんだよ?  二人暮らし、なんですけど?  けれど、旭輝は自信満々に頷いてる。 「じゃあ、取っておこうかな」 「あぁ、そうしたほうがいい」  旭輝ってそんな食いしん坊キャラだっけ? って笑って、そんな俺に旭輝も笑って、キッチンで肉じゃがを前にお玉を握る俺のことを背中から抱き締めてる。  その腕が優しくて、甘くて、ちょっとドキドキしてた。  けどバレないように、慌てて気を引き締めようとして。 「……」  キュッと結んだ唇に旭輝の唇が触れてくれる。  なんだか、触れたところ、くっつけたところから知られてしまいそうで、またキュって唇を結び直したら、笑ってる。  今、思ったこと、バレたかな。  この光景、もうまるで新婚さんじゃんって、こっそり思ってた。  キッチンで煮物がグツグツしてるのを抱き締められながら見つめてるとか。お玉片手とか。こういうの、こっそりくすぐったくなってた。 「腹減ってきたな」  黒髪に戻した髪は、やっぱり少しその黒色が抜けてきて、だんだんとブラウンに近くなってきた。けど、また黒髪にしようかなぁ、とも思ってる。これはこれで謎めいた美女風でしょ? って冗談で旭輝に言ってみたら、そうだな、どっちでも綺麗だけど、だって。真顔で言うから、一瞬、なんて返したらいいのかわかんなくて、じっと顔見ちゃったっけ。  素でさ、ナチュラルに、俺のこと綺麗とか、フツーに言うから。  でもさ、俺も、思うよ。 「俺も料理する。ピンチョスでも作るか」 「お」  俺のパートナーは最高にかっこいいとか、いまだに思うもん。寝癖があっても、大きな欠伸をしても、ソファでうたた寝してても。どの瞬間だってはしゃぎたくなるくらいにかっこいいから。 「晩酌するだろ? 明日から仕事なんだし」 「フツー逆じゃない? 明日から仕事だから今日はお酒はなし、とかさ」 「聡衣は楽しみだろ? 仕事」 「まぁね」  だって、新春、バンバン売りまくらないと。  もちろん、お客様あっての商売なんで。売りつけるんじゃなくて、その人それぞれに合うもの、欲しい物を一緒に見つけていくのが大前提。そこをさ、アルコイリスはじっくりやらせてくれる。売り上げ最重視じゃなくて、自由に楽しくファッションをオシャレを楽しめるお手伝いをさせてくれる。  最高の職場。 「明日は俺が夕飯作っておく。何食いたい?」 「んー」  で、帰ったら、最高のパートナーがお迎えしてくれる。 「オムライス!」 「オッケー」 「あ、今、なんか子どもっぽいって思った?」 「……いや」 「ほら! 間があった!」 「……いや」 「今のはわざと間を作った!」  ねぇ、なんて、さ。 「オムライスな」  最高なんだろう。 「で、帰ってきたら、おかえり、飯にする、風呂にする? それとも」 「!」 「俺にすれば?」  一瞬一瞬が。 「っぷは、自信満々」  なんて、最高に幸せなんだろうって、お正月の終わり、溢れるくらいの幸せに思わず笑ってた。

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