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ヤキモチエッセンス編 1 相変わらず
束縛とか、ヤキモチとか、苦手。
嫌いとかじゃなくて苦手。
するのもされるのも。
嫌いとかじゃなくて、苦手。
だってさ、相手にだって色々あるでしょ? 俺と一緒にいる時が全てってわけじゃないし。それは俺も同じでさ。恋人といる時だけが俺の全てじゃないじゃん。友だちがいて、仕事があって、そして恋人がいる。自分に時間の中の半分とか、は、多いか。三分の一とかくらい? 四分の一? それじゃあ少ない? 多い? わかんないけど、
そうやって二十四時間あるうちのいくつかが恋人との時間になるでしょ。
それに何より、自分が言えない。
束縛とか、ヤキモチとか、可愛く、好感度高めにできる自信がない。
あるよ。
ありました。
過去に、その時付き合ってた彼氏が、女の人となんか、仕事の相談されて飲みに行ったってことが。本当に飲みに行っただけだったんだけど、その彼氏がノンケだったからすっごく不安だった。そっちの女の人のほう行っちゃうんじゃないかって。やっぱり女の子でしょってなっちゃうんじゃないかって。
けど、飲みに行かないでよ、なんて可愛く言える自信なかった。好感度高く、それを言える気がしなかった。
言えたとしてもちっとも可愛い言い方なんてできなくてさ。
きっと「はい? なんで、飲みながら相談する必要あるの?」とかをちょっと仏頂面で言っちゃうと思う。
ね? ちっとも可愛くないでしょ?
好感度なんて上がりそうもないでしょ?
だからそもそも「行って欲しくない」とか言わない。
そうなんだ、気をつけてね、なんて言って、笑って送り出しとく。
帰ってくるかな、とか、そっちに行っちゃわないかな、とか、その後で、不安になったり、そわそわしたりしてるくらい。
まぁ、そんなだから浮気とかされるんだけど。
気持ちをどこまで相手のそばに置いていいのかわかんないんだよね。
ピッタリ隣にくっつけるのもどうかと思うし。
離してたら、離しすぎなのかな。気がつかないうちに気持ちが遠くに向いちゃうこともあるし。
でも、そんな不器用なせいで浮気とか、され「てた」になった。
「…………」
今は、もう――。
「…………」
あんなにかっこいいのにね。
あーんなに、モデルみたいで、あーんなに、スマートで、いい男のくせにね。
なんでか、俺を選んで、お互いの家族に紹介までしちゃう間柄で。なんでか今後はもう俺以外はないんだそうです。
俺なんかと、結婚指輪にしか見えない指輪をお互いの薬指に嵌めちゃっていいんだそうです。
ほら、あーんなに、周りの女の人がチラ見しちゃうくらいにかっこいいのにね。
「どうかしたか?」
映画館でドリンクと甘い甘いポップコーンを買って来てくれた。俺はソファに座って待っていたんだけど。
ここからドリンクとフードのカウンターまでは二十メートルもないよね。多分、十五メートルくらい。その間で素敵なお姉さんが一人、可愛い女子コーセーが二人、旭輝を見てたよ。かっこいいって思って、すっごい見てた。
「俺がいい男すぎて見惚れてるのか?」
「! はいはい、そーでーす」
ね? ほら。
やっぱり可愛い言い方なんてできない。
本当にいい男だなぁって見惚れてたくせにさ。
俺に、ソファに座って待ってろなんて言って、お姫様なんかじゃ全然ないのに、ポップコーンとドリンクを買ってきてくれる。
大事にされてるなぁって思う。それがすごく嬉しいくせに、こんなに大事にされるとくすぐったくて。
「聡衣」
「?」
接客業してて、お客様の前だと素直にちゃんと笑えるくせに、プライベートになると急に不器用になる自分にちょっと溜め息をついた。
「!」
心臓、跳ねた。
俺の分も乗せたトレイを持っていてくれた旭輝が、俺を呼んで、顔を上げたら。ふと、頭のところ。斜め上、側頭部のとこにキス、なんてしたから。
「ちょっ」
「俺は見惚れてた」
「!」
「美人がソファのところに座ってるって」
「んなっ、なっ、何、言ってっ」
「その髪型、似合ってるよ」
「!」
そういうのを突然言うのは反則なのではないでしょうか。
髪、切ったんだよね。今日。
うちのアルコイリス二号店はそもそもオンラインがメインの店舗。一応、実店舗も倉庫を兼用している感じで開いてる。けど、オーナーである国見さんには許可を得て、日曜日は半日営業にさせてもらってる。その、まぁ、なんというか、旭輝が日曜日はうちにいることが多いので。一緒にいたいっていうか。
で、お店を午後は閉めて、髪を切って、その後、待ち合わせしてた。一緒に映画でも観て、お外ご飯しようかって。
まぁ、いわゆる、デートです。
髪は、結構思い切ったんだよ。いつも長めにしてたんだけど、今年の夏も暑そうだし、ちょっと気分転換って思って、襟足をバッサリ切ってみた。サイドは長めにして、前髪も今までとほとんど長さとか変わらないんだけど。でも、襟足の髪がなくなっただけで、首筋が涼しくて、ちょっと感動してる。
「ちょっとうなじが丸見えで、やばいけどな」
「は、はい?」
「色気」
「んなっ、あるわけないじゃんっ!」
「あるだろ」
ないよ。全然ない。目、どこについてんの? そう心の中で騒ぎながら、頬が熱くて。
「……」
真っ赤になっちゃったじゃん。
口をへの字に曲げながら、ちらりと隣を見上げた。
何、ご機嫌な顔してんの。そう言いたくなるくらい嬉しそうで。なんか、お腹、空いてきたっていうか。ポップコーンの甘い香りのせいっていうか。お腹のとこが、なんか、その見惚れるほど良い男のやたらと嬉しそうな笑顔に、ギュッてした。
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