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ヤキモチエッセンス編 3 甘々じゃん。
「あれ? 聡衣さん今日、スーツなんだぁ」
お店の扉が開いたと同時に明るく弾けるような声が店内いっぱいに響いた。
入ってきたのは近くのファッション専門学校に通ってる女の子で、うちの常連さん。
デザイナー志望で、いつかアルコイリスに自分の作った服を置いてもらうのが目標って言ってくれてる子。
「珍しくない? スーツ」
「あー、あはは、そうだね」
「かっこよっ!」
「ありがとー」
「しかも、髪型も変わったぁ。めっちゃ良い!」
またアハハって笑って、なんとなく、襟元を整えた。
普段はもっとラフな格好してる。ニットだったり、今時期ならTシャツが多いかな。けど、今日は、ちょっと。
Tシャツじゃ見えちゃう位置に、まぁ、その。
キスマがね。
あるもので。
うなじがスッキリしたからさ。感度が上がった時の肌が火照ってるのがよくわかるって言って、最中に何度もそこにキス、するんだもん。
しかも、その髪型変えたせいで、髪で隠すこともできないし。襟足、丸見えだし。
「聡衣さんのスーツ姿、めっちゃレア! なんで? なんかあんの? 商談とか?」
「あー、いや、なんとなく、スーツもたまにはいいかなぁって」
「そうなんだ! 全然いいっ! めっちゃかっこいい!」
「ありがとー」
「良いもの見れた感!」
そう言って、素直に喜んでもらって苦笑いになっちゃうじゃん。
「あはは、そんな大袈裟だって。俺、紳士服で働いてたから、むしろこっちの方が普段だった」
「そうなんだぁ」
パッツリと切り揃えた髪が彼女の表情に合わせて、楽しそうに揺れてる。
「今は? お昼?」
「そう、近くに美味しそうなパスタ屋さんできたから行ってみようかなぁって」
「あー、知ってる、あそこ、美味しかったよ」
「もう聡衣さん行ったの? もしかしてっ、デート」
「あー、あはは」
ちなみに旭輝のことは知ってたりする。っていうか、迎えに来てくれたところを彼女が目撃して、何あのイケメンって大騒ぎで。けど、言わずにいようと思ったんだ。知り合いとかって言ってスルーしようと思ってた。隠してるわけじゃないし、彼女なら理解ありそうだけど、それでも一応、俺一人のことじゃないから。そしたら、旭輝の方から彼女に名乗っちゃった。
パートナーです、よろしく、なんて。
そしたら、むしろ、彼女のテンションがもっとあがっちゃって。なんだか応援されるようになってた。
「いいなぁ、デートお」
「サチちゃんもすればいいじゃん」
名前は幸(サチ)ちゃん。
「今はファッション一筋でいいでーす」
「あはは」
「あ! けど、今度、産休になっちゃった先生の代わりに来た先生がめちゃくちゃイケメンでー」
「へぇ」
「年上もいいかも」
「ファッション一筋どこ行った?」
あははって、彼女が明るく笑った。
「けど、マジでイケメンなんだもん。元々、産休になっちゃった先生の講義がすっごい楽しみだったんだけど。あまりにかっこいーから、これはこれでラッキーって思った」
「そんなに?」
「そう、マジ、推せる。しかも、めちゃくちゃ教え方が上手くてぇ」
「へぇ」
「前はパターンナーしてたんだって」
「へぇ」
パターンナーかぁ。最近は買い付けとかするから、デザイナーさんの知り合いも増えたけど、前は完全に販売員だったから、そういうファッションを作りだす側の人に遭遇するとすごいテンション上がったっけ。そういう人たちの思いを込めた商品を売るわけだから、色々話をしてみたくて。
今ももちろんデザイナーさんとか作る側の人たちと話すのはすごく楽しいし、勉強になるけど、ちょっと前とは違ってる。その商品となったデザイナーさんたちの思いを売らなくちゃいけないし、どんなに熱い思いがあっても、売れるって確信がなくちゃ買い付けできない。
「あ、それでっ、聡衣さん!」
「?」
「このTシャツ、すっごい可愛い!」
「あ、ありがとー」
そう言って、俺も一目惚れしたプリントTシャツを手に取ってくれた。
今日の夕飯、何にしようかなぁ。
今週忙しいって言ってたんだよね。
今日も帰り、遅くなりそう。そしたら、パッと食べられる方がいいよね。丼ものにしよっかな。親子丼? とか。
鶏肉あったし、卵もあるし。
うん。
親子丼に――。
「お疲れ」
「うっ、わっ、びっくりした」
大慌てで振り返ると、イタズラが成功したことに喜ぶ子どもみたいに笑ってる。
「早くない? 今日、遅くなると思ったのに」
「でももう八時だぞ?」
「そうだけど」
「ちょうど、仕事のきりが良かったから、迎えに来た」
そうそう、ちょうどこんなふうにしてるところをサチちゃんに見つかったんだっけ。それで、「聡衣さーん」って元気に駆け寄ってきた彼女に言った。
――こんばんは。聡衣のパートナーです。
なんて、爽やかな笑顔で。
「……? どうかしたか」
「べっつにぃ、今日、サチちゃんが来て、スーツ珍しいって。なんかあんの? って訊かれちゃったじゃん」
「へぇ」
「へぇじゃないし。旭輝のせいだかんね」
「仕方がない。聡衣のうなじが色っぽいのがいけない」
悪びれた様子ゼロで笑ってるから、あのね、って小言を言って、アルコイリスの鍵をポケットにしまった。
キスマのせいなんだからって言っても、楽しそうに笑ってる。けど、知ってる。
多分、仕事のキリ良くなんかないでしょ。
良くないけど、昨日、デートもしたし、なんか、盛り上がっちゃって寝たの遅かったから心配して来てくれたんでしょ。
だって、最後にもう一回って、俺からおねだりしたの。
そしたら、ホント溶けちゃうかもってくらいにたっぷり可愛がられて、足に力入らなかったもん。
だから、迎えに来てくれたんでしょ?
「聡衣、ほら」
「……」
「荷物、持つ」
ね? ほら。
「ありがと」
やっぱり、俺のこと気遣って迎えに来てくれたんじゃん。だから。
「けど、平気でーす。持てま―す」
荷物じゃなくて、俺の手を握ってよって、差し出された手を掴んだ。
なのにさ。
「あ、ちょっ」
手を掴んで引き寄せられて、もう片方の手で荷物、奪われちゃった。
そして、勝ち誇ったように笑ってた。その手が温かくて、好きが増した。
どこまでもムカつくくらいにかっこよくて、好きがたっぷり増えてった。
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