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ヤキモチエッセンス 6 もしも
ふと、もしも、旭輝とこうしてなかったら、こっから始まってたのかなぁって。
でも、まぁ、旭輝とこうしてなかったら、こっちに引っ越すこともなくて、アルコイリス二号店も存在しなかったから、そもそも再会してなかった。
だからこの「もしも」が起こることはなかった――。
「お疲れ」
「!」
お店を閉めて、シャッターを下ろした瞬間背後からそんな声が聞こえた。
「ぇ、旭輝? え、忙しいんじゃないの?」
「あぁ、とりあえずは落ち着いたから」
「そうなんだ」
「だから一緒に帰ろうと思って」
それならお店、入ってよかったのにって言ったら、ニコッと笑って肩をすくめた。ついさっきここに到着したからって。その横顔を行き交う車のライトが照らしてる。もう映画のワンシーンにでもなれちゃいそうな、丹精な横顔。
「大丈夫だったか? 昨日、遅くになったから、少し心配してた」
そっちこそ、大丈夫だった? こんなところに一人で立ってたら、ナンパされてさらわれちゃうよ?
「朝もあくび、してただろ?」
「!」
少し、驚くと、楽しげに笑ってる。
だってさ、朝、あくびすることなんて、普通にあるでしょ? けど、俺は――。
「聡衣はこの仕事好きだから、朝、これから仕事って時にあくびはしない」
知っててくれたんだ。そういうの。
「夜は、昼間仕事を頑張って、眠くなるのか、あくび連発することあるけどな」
「!」
なんかそういうのが嬉しかった。俺がどれだけこの仕事が好きなのか、ちゃんとわかっててくれる。
絶対に、世界で一番、旭輝が俺の仕事のこと理解してくれてると思うんだ。だって、こっちに出向になった時、旭輝は「ついて来て欲しい」じゃなかった。遠距離恋愛になっても続くコツとか考え始めてたっけ。
「っぷ」
「? どうかしたか?」
もう、ダントツじゃん。わかってたし、知ってたけどさ。ダントツ、旭輝のことが大好きじゃん。
仕事は、大丈夫。
ちょっと忙しかったけど、普通にいつもどおりに楽しかったよ。
「ちょっと、あったかな」
「?」
「むかーし付き合ってた人がこの辺りの学校の先生してて、偶然再会して」
「は?」
「海外に行くことになって、その時は別れたんだ。ついて来て欲しいって言われて断ってさ」
「……」
もしも、旭輝と出会わなかったらどうなってたかな。そう考えても想像がつかないけど。
「また、しばらくしたら海外に行くんだって。ついて来て欲しい、みたいな」
「!」
もしも、旭輝に海外に出向になったって言われたらさ。とりあえず、すぐに使える英語フレーズ百選とか買うかな。
ちょっと大変だけど、絶対に、必ずついてくと思うよ。言葉がわかんないけど、どうにかなるでしょ。俺の接客スキルがあれば。アルコイリスではないけど、昔、仕事してて、外国人の接客したことあるもん。今、こっちのアルコイリスに来てくれる常連さんは少しがっかりさせちゃうかもしれないけど、ちょっと寂しいけど、ブログで近況伝えて、海外のそれこそ可愛い服とか小物とかオンラインで販売したりとか? そういうのできちゃいそう。
わ。
すごい。ちょっとワクワクする。そっちの「もしも」にちょっとワクワクしてる。
けど、旭輝が俺の話に見たこともない顔をした。
イケメンが凄むと、なんか、すごいね。
「断るに決まってるじゃん!」
「!」
「っていうか、そっちに行っちゃうとか思った? 行くわけないじゃん! 俺はっ」
普段だったら、気恥ずかしくて、あんま言えない。
なんか、ノリとかテンションとかくっついてこないと、なかなか言わない。
「俺は……」
もうわかってるでしょ? って、プイってしたくなる。
顔が赤くなるのも恥ずいし。
けど、今日は、ノリもテンションも十分なんで。
そっと、骨っぽくて、長い指をギュッと握った。大好きな手。温かくて、この手に抱き締めてもらうと世界で一番幸せになれる。
その指をギュッと握りながら、顔を上げた。
うーん、まだすっごい険しい顔をしてる。そんなに危機感持たないでよ。
「旭輝のことが好きなんだから」
どこにも行かないどころか、どこにでもついてくくらい好きなんだからさ。
「それより! 仕事、本当に大丈夫? 俺のこと心配して、そっちこそ無理してない? めっちゃ忙しかったじゃん。昨日だって、すぐに寝てたしさ。なのに、こんなに早く仕事切り上げて、また明日からキツくなったりしない? そっちの方がよっぽど心配なんだけど」
「明日から、仕事終わり迎えに来る」
「はあ? いらないってば」
「いや、来る」
「ちょっ、無理しないでよ」
「してない」
「してるってば」
「そっちの方が無理だ」
「っぷ」
「!」
世界一かっこいいと思ってる。こんないい男、どこ探したっていないと思う。
「あははは」
「何、呑気に笑ってるんだ」
「だって」
こんないい男が、俺とでいいの? ってこっちが思うくらいなのにさ。
「めちゃくちゃ焦ってるんだもん」
「……焦るだろうが。昔の男が現れたと聞いたんだから」
だから、ギュッて、その長い指を握った。
「大好きだって、言ってるじゃん」
「……」
「だから、焦んないでいいいいいいいってばっ」
ギューって、絶対に離してなんかやるもんかって、握り締めた。
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