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第8話

修道女たちは夕食の後片付けを終えてお茶の準備をしている頃だ。 教会は修道女に電話使用を禁じてない。親族や友人との連絡は規則で許可されている。 ただし時間の縛りがあり、1日30分が目安だ。 そうでもしないと長電話が財政を圧迫しますからね、と神父が苦笑いしていた。 『たまってんだろ?隠すな』 吐息に乗じる艶っぽい囁きに生唾を飲み下す。 『声だけでさかってるくせに』 「うるさいのがいなくてせいせいする、ようやく心の安息が訪れた」 『勃ってんだろ』 「勃ってない。ホント、誓って。用はそれだけか?話はすんだな、切るぞ」 『切る切る詐欺うぜー、3回目だぜ』 「わざわざ数えてたのかよどん引き」 『切っても切れねー仲だもんな』 「今度は本当、母さんに誓って。俺は忙しいんだ、夜寝る前に先生に言われた本読まなきゃいけないしライフルの手入れだってしなくちゃいけない、引鉄引いたら暴発なんてしゃれになんないだろ」 話を打ち切るのは簡単だ、受話器をおいてしまえばいい。 今すぐ通話を叩き切って立ち去ればこれ以上スワローの悪ふざけに付き合わされずにすむ。 頭ではわかっていても、弟との繋がりを断ち切れないのがピジョンの弱さだ。 電話を切るのが名残惜しくて、どんな意地悪をされても一分一秒でも長くコイツの声を聞いていたくて、縋り付くように受話器を握り締める。 「明日だって早起きだし、そろそろ準備しなくちゃ。朝の礼拝があるんだ、参加義務はないんだけどさ……先生は何も言わないし。でも俺だけサボるわけにいかないだろ、おいてもらってるのに。皆に示し付かないし、けじめとしてちゃんとしたい。それに祈りを唱えてると身も心も引き締まるっていうか、一日のはじまりを清々しい気分でむかえられる。お前はどうせ馬鹿にするだろうけど、爽やかな朝位神様に祈っても罰あたらないぞ。きょう一日無事に生き延びられますように願をかけとくんだ、ただでさえ賞金稼ぎは早死になんだから。今からでも心を入れ替えて真人間になればこれまでの悪行は流してくれる、俺もできるだけ弁護するよ、ヤング・スワロー・バードは根性曲がりだけど本当は兄さんと母さん思いのいいヤツだって」 『悪行ってなんだよ、寝てる兄貴にイタズラしたこと?雑貨屋のレジから金をぱくったこと?俺たちを部屋に上げたド外道ぶん殴ってトンズラしたのさしてんならお前だって共犯だろ』 スワローが実に楽しげな抑揚で、これまで手を染めた悪事の数々を挙げていく。 口笛でも吹きかねない軽薄で快活な調子。 物騒な濡れ衣を着せられ、ピジョンは慌てて訂正する。 「殺してないし半殺しだし。タグとられたんだからおあいこさ」 『言うじゃん』 電話を通しているせいか、スワローの声は少しザラ付いている。胸の内で恋しさが膨れ上がる。思えばこんなに長い期間、弟と離れ離れになった経験はなかった。コイツに会いたい、実際に声が聞きたい顔が見たい触れ合いたい。鼓膜を震わす声に身体の芯が切なく疼き、物欲しげに喉がヒク付く。 ピジョンは逃げる口実を必死にさがす、弟を煙に巻いて逃げようとする。兄の威厳と体裁を保ったまま通話を終えたくて、取り繕った声をだす。 「じゃあなスワロー。身体には気を付けて、くれぐれも無茶はするな」 なんとか切り抜けた、ボロが出る前に通話を終えられそうだ。 自分を律してないと気力が挫け、「会いたい」と弱音を吐いてしまいそうで、「帰りたい」と愚痴を零してしまいそうで、せめて電話中だけは現実ではなりたくてもなれなかった、包容力にあふれた理想の兄を演じるピジョン。 本当はこう在りたかった、コイツに優しくできる兄さんでいたかった。 『さみしいんだ、俺』 パチン、と欲望が弾けた。 「スワロー……」 『構ってくれよ』 傍若無人で傲岸不遜なスワロー。俺のスワロー。 やんちゃで手が焼けるドSで俺様な弟がしっとり濡れた声で、いかにも心細そうな様子でピジョンだけに囁く。 顔が見えないからこそ想像力が刺激され、すぐそこにいるのにさわることすらできない、狂おしいもどかしさが募りゆく。 「できないよここじゃ。誰か来たら」 『バレないようにすりゃあいい、気配がしたらすぐやめりゃあいい』 「教会だぞ?」 『だから?』 「~~~ッ、先生と修道女たちがいるんだぞ!」 思わず上擦りかけた声を辛うじておさえる。電話の向こうのスワローは耳をかっぽじって聞き流し、挑発的にふっかける。 『気持ちよくなりたくねェの』 「修行に集中したい」 『兄貴が欲しいんだ。音だけでいいから、くれよ』 「駄目だって」 『じゃあテメエんとこ押しかけていいんだな?』 「な」 『テメエの大好きなお優しい神父様が守る教会に押しかけて、俺のピジョンがどんなにいやらしいか、俺のベッドの上でどんな背徳に溺れたか、事細かに宣伝してもいいんだな』 「冗談だろ」 『罰当たりはどっちだピジョン、もうとっくに汚れきってるくせにしれっと教会に居座りやがって。先生も修道女もガキどももみーんなだまくらかして、ご大層な良心とやらは痛まねェのか』 「……だってお前が無理矢理……」 『バレたら秒でおっぽりだされる。修行の途中でドロップアウトしちまったら看板に傷が付くよな、紹介主のキマイライーターの顔もぶっ潰す』 先生はそんなことしない、と言い返せたらどれだけよかったか。それができないのは彼に嘘を吐いているうしろめたさが原因だ。 スワローの指摘は概ね正しい、その事はピジョン自身が一番よくわかっている。 『そこにいたいだろ』 スワローは限りなく優しい声でピジョンを脅迫する。 嗜虐心と劣情を秘めた声音に鼓膜を犯され、腰の奥がジンと痺れる。 ピジョンは血の繋がった弟と関係を結んでおきながら、その事を周囲に隠し通す罪人だ。スワローと近親相姦している事実がバレたら周囲の見る目が変わる、これまでよくしてくれた神父や修道女たちを裏切る。 そしてスワローは、やるといったらとことんやる。 「……………」 嫌だ。 せっかく得た新しい居場所を失いたくない。 受話器を握る手がじっとり汗ばみ、からからに渇いた口を開く。 「…………恥ずかしい、から。なるべく静かにしてくれ」 先に折れたのはピジョンだ。 受話器を持て余して俯き、恥じ入って訊く。 「どうすればいいんだ」 『右手でジッパーおろせ。よく聞こえるように近付けて』 「条件がある」 『あン?』 「俺だけってのはフェアじゃない。どうせなら……その、一緒にしたい」 羞恥で全身が火照る。 受話器はだんまりだ。ピジョンは泣きたくなる。 言うんじゃなかったと後悔が押し寄せるが、自分ひとりだけ恥をかくのはやっぱり嫌だし、スワローと気持ちを確かめ合いたい、声だけでも繋がり合いたい衝動が上回る。 「電話越しに……」 『オナれってか』 「同時に」 スワローが欲しい声が聞きたい、コイツが俺に欲情するように俺はコイツに欲情している。 ラトルスネイクにまぶされた黒色火薬の催淫作用がまだ燻っているのか、スワローの声を聞いた瞬間、我慢が弾けてしまった。 『ド淫乱が』 「だめかな」 お前がイくとこ、俺に聞かせて。 ピジョンはろくに媚び方を知らない。うなだれて受話器を持ち、こみ上げる羞恥と不安に目を潤ませ、切羽詰まった表情でせがむしかない。 『聞き専じゃ気持ちよくなんねーもんな』 遠回しなOKがでて強張った顔を緩める。 「いくぞ」 言われた通り受話器を股間の近くにあてがい、ズボンのジッパーをゆっくり下ろす。ジッパーが噛みあうおとがやけに大きく響き、ピジョンの手がかすかに震える。 『ちゃんとおろしたか』 「ああ」 『次、パンツに手ぇ突っこめ。受話器落っことさねーようにちゃんと持ってろよ』 「お前もジッパーおろせよ」 『急かすなよ、挟んじまうだろ』 ジジジ、と金属が布を噛む音が響く。 ジーンズのジッパーを引き下げる音が劣情を煽り、同時にボクサーパンツに手を潜らせ、既に勃ち上がりかけたペニスを掴む。 『俺の顔思い出してしごけ。テメェがいっちゃん感じる裏筋に指まわして、ぬるっこい先走りを塗り広げて、ぱく付く先っぽで円を描くんだ』 スワローが高圧的に指示をする。 ピジョンは大人しく従い、先走りにまみれたペニスを右てのひらで包んでしごきだす。 「はぁっ……んく、ぅあふ」 『音聞こえねーぞ、てのひらに唾のばせ』 「わかってる」 言われた通り、右てのひらに唾を吐いて塗り広げる。 ピジョンは背中を丸め、ズボンの前をだらしなく寛げ、下着から引っ張り出したペニスをぐちゃぐちゃ擦り立てる。 「あっ、ンっくふ、ぅあっあふっあ」 鈴口から滴る雫と唾を捏ね混ぜる音が淫猥に響く。 『えっろ。1人で興奮してんのかよ露出狂、電話室でシコってるとこ修道女に見られたら完璧変態扱いだな』 「うるっさ、あッ、お前っも、やれよ」 『ヘイヘイ』 衣擦れの音に続き、クチャクチャと何かを捏ね混ぜる音が響きだす。 ピジョンは一瞬たりとも手を止めず浅ましい自らを慰めながら、受話器の向こうの気配に食い入るように耳をそばだてる。 『どうしてほしいんだ』 「え……」 『どんな声聞きたくて、どんな俺が見てェんだ』 スワローは憎たらしいほど落ち着いている。 ピジョンとは踏んだ場数が段違いだ、兄を焚き付ける心の余裕さえある。 それが悔しくて、されど滾る欲望には抗えずピジョンは囁く。 「俺と同じに……さわって、最初はゆっくりやさしく擦って」 コイツのいい所は全部知っている。 きっとコイツ以上にわかっている。 どこをどうすれば感じるかより気持ちよくなれるか、スワローのことならなんでもわかる。いやというほどすみずみまで知り抜いている。 『ふんわりした指示だな、具体的に言え』 「俺にするみたいにしろ」 『だから?』 「ペニス……掴んで、先走りを上から下に塗り広げて。くすぐったいのギリギリまでこらえて、柔い裏筋を揉みほぐすんだ」 目を瞑ると暗闇にスワローの顔が浮かぶ。 よりスワローの声を感じる為、もっとスワローに近付く為、ピジョンは目を閉じてマスターベーションに没入する。 「っは、ぁふ、んぅっァっは」 『ッふ、は』 スワローが聞いている。 ピジョンのたてる声と音に興奮し、夢中で快楽を貪っている。 先走りと唾液を捏ねる音に混ざる喘ぎと低い呻き、しめやかな衣擦れの音に背徳感が募り行く。 「ぁっあ、ふあっんッく」 唇を噛んで吐息を殺し、それでも足りないと見るやモッズコードを噛んで唾液を染ませる。 反発する理性と裏腹に快感に正直な身体は際限なく昂って、ピンクの乳首が尖りきる。 『乳首もいじくれ』 「ぁ、なん、やだ」 『前だけじゃ足りねーだろ。テメェの手を俺のだとおもって摘まんで引っ張ってみな』 「ぅあ、はッあぁ」 『コリコリ揉んでグリグリ潰すんだ』 「すあろっ待っ、はぁやめ、服の上からでもっこんなっおかしくなる」 気持ちよすぎておかしくなりそうだ。 服の下から形状を主張する突起を根元から揉み搾り、指の腹でコリコリ押し潰せば、切ない刺激に喉が仰け反る。 『今度はじかに』 「それは……」 『服に手ェ入れろ』 諦めて上着をはだけ、ぷっくり膨れた乳首を直接いじめだす。 摘まみ、抓り、揉み搾り、ねちっこく擦り立てる。 「はぁあああああぁ」 『ちょっと乳首いじっただけでイっちまったのかよ、変態』 「おっ前の、言う通りにしたから、久しぶり、で身体おかし、っぁ、おかしくなる」 肩と頬のはざまの受話器が滑落するのを挟み直し、不器用な右手でペニスをぐちゃぐちゃ捏ね回し糸引かせれば、鋭く冴えた性感に自然と喘ぎがほとばしる。 スワローは見てない。 フリだけして適当にごまかせばいい。 そんなずるくよこしまな考えは受話器の無言の圧の前に霧散した。 十数年間サディスティックな仕打ちを受け続けた結果、身体に染み込んだ潜在的恐怖が今もってピジョンの行動を縛り付ける。 土台要領の悪いピジョンがスワローを出し抜けるはずがない、バレた時のお仕置きを思えば屈辱を耐え忍ぶほうがマシだ、それにスワローの言う通りにしたほうがずっと気持ちよくなれる。 『教会の電話室でペニスと乳首びんびんにおっ勃ってて、恥ずかしい奴』 「おっ、前も、ちゃんとやれよ。俺がしてやってるみたいに擦って、あッんっすわろー、はぁあ」 「どうなさいましたの、ご気分が優れませんの?」 度肝を抜かれた。 ピジョンの背中におっとりした声を浴びせたのは、恰幅の良い年配の修道女…… 厨房担当のシスター・エリザだ。 「息遣いが荒いですけど」 「あ、違、これはその……っ、呼吸法、呼吸法教えてたんです弟に。今街で流行ってるんですよ、体を内から正す東洋式の呼吸法が。長くためて短く吐くのがコツです」 「あらそうなの知らなかったわ、ダメね教会にこもってると世間に疎くなって……それはそうと、お茶が入ったから呼びに来たのだけれど。まだ長くかかりそうかしら」 シスター・エリザはピジョンから離れた所に立っており、幸い会話の詳細までは聞かれてない。ピジョンは彼女に背を向けていたので、あられもなくはだけた胸元やズボンの前も見られずにすんだ。 シスター・エリザもまさか、モッズコートの向こうは半脱ぎなんて予想だにしないはず。 「すいません、終わったらすぐ行きますんで……お茶はそのままにしといてください」 「わかりました、なるべく早くね」 「シスター・エリザの淹れてくれたお茶なら冷めてもおいしいからかまいません」 「まあお上手だこと!」 シスター・エリザが朗らかに笑って去るのを待ったのち、金縛りが解けたピジョンは大いに脱力する。 最大の脅威は去った。 ペニスはすっかり萎えて縮こまっている。 『今のガラス割りそうなソプラノ誰』 「料理番のシスター・エリザ。お茶に呼びに来たんだ」 『ノッてきたとこ邪魔しやがって』 「もうやめよう寿命が縮む」 『縮んだのは寿命だけ?』 「やっぱ罰あたりだ、教会でオナニーなんて。電話を使って」 『中途半端に切り上げてあとで苦しい思いすんのはお前だぜ』 スワローはなにもかもお見通しだ。 『よそ見すんな。俺の声で頭いっぱいにしろ』 スワローが再び囁き、ピジョンの手に意思を乗り移らせ下着の中へ導く。 『喘げよピジョン。可愛い囀り聞かせてくれ』 「そっちこそ、囀れよ」 ピジョンの身体はどうしようもない。 シスター・エリザの登場で萎えたのに、スワローに優しく囁かれただけで火照り、昂り、ペニスは力を取り戻していく。 やめろ。 やめたくない。 バレたらここにいられなくなる。 『っは、んっふ、ちゃんと持って擦れよ』 「やってるよ、ふぁッんッは、ぅあっん」 『もっと強くシゴけよ、ぐちゃぐちゃ下品な音たててでっかく育て上げんだ』 「お前、もッ、ちゃんとしてくれ、俺1人ッこんな、ぁふッ、恥ずかし、ぁんッあ、さみしい、っから」 『先っぽからとぷとぷあふれてくんのすくってよーく塗せ、カリ首支えてて親指回せ』 電話室でマスターベーションに耽る筆舌尽くし難い背徳感、弟の言葉責めに反応する身体、ノイズがこもる息遣いと悩ましい衣擦れの相乗が疚しさを凌ぐ。 「はぁっあすあろ、ぁあっふあ、俺っ、の、やらしー声聞いて」 『ドロッドロだな。涎にまみれただらしねー顔してんだろ、きっと』 「お前、だってそうだろ、やせがまんしたってバレバレだ」 『早漏と一緒にすんな、全然余裕だね』 「息が乱れてるじゃないか」 『自分の声と聞き間違えてんだろ』 「カリ首持って親指でこすって……好きだろ、先っぽくくってグリグリされるの」 いうこときけよスワロー。 「先っぽと裏筋、感じるところおんなじなんだ……」 かわいいかわいい俺のスワロー。 「さんざん教え込まれたから、ッあっあふぁっあんぅっ、わかるっ」 じれったげに腰を揺すって股を開く。 肩に固定した受話器がもう何度目かずり落ちて宙ぶらりんになる。 『おそろい嬉しいだろピジョン』 信頼寄せる神父と修道女と子供たちの顔が瞼の裏を過ぎり、死にたい程の罪悪感と消え入りたい程の惨めさにただひたすらうちのめされる。 「スワロー、すわろー」 『なん、だよ』 「俺、も、イく……イきそうだ、どうしたらいい」 『いちいち許可とんの?躾けられすぎ』 「お前とイきたい」 余計な事は考えたくなくて、頭からっぽの馬鹿になりたくて、ギュッと目を瞑りスワローのことだけを考える。スワローの声と面影で頭をいっぱいにする。 わななくペニスをおさえこみ、唾液が糸引く口を鈍重に開け、哀れっぽく頼む。 「一緒にイきたいんだ……」 1人は嫌だ。 お前とがいい。 『いい子だなピジョン』 絶頂の瞬間は同時に訪れた。 『!ッ、』 「あッ――――――」 受話器の向こうでスワローが切なく呻き、ピジョンも手の中に白濁を撒き散らす。 「はっ、はっ、はぁ……」 精液に汚れた手を放心状態で見下ろすピジョンに、宙吊りの受話器が揶揄を浴びせる。 『気持ちよかった?』 「……うるさい」 『合意の上だぜ』 ポケットから出したハンカチで苛立たしげに手を拭き、平静を装って受話器をとる。 「ヴィクって子の事は心配するな、先生に伝えとく」 『心配はしてねーよ別に、とっとと厄介払いしてーだけだ』 「それならそれでいいけど、その子の前じゃ絶対いうなよ」 『ガキ泣かせても勃たねーよ』 「それじゃ……」 元気でな?無茶するなよ? ヤることヤったあとに取って付けても空々しいと立ち尽くせば、受話器から妙に冷めた声が届く。 『やっぱ足んねー。余計ムラムラするだけだ』 「は?」 『生で抱きてェ』 ストレートに求められ、耳朶まで真っ赤に燃える。 真剣な声色に茶化す気配はちっともなく、ピジョンは照れくささにモッズコートの裾を意味なくはたき、襟元を几帳面に正してから深呼吸する。 「あのさスワロー」 『制限時間になりましたので通話を終了します』 「俺も同じっ……!?」 まったりした余韻も吹っ飛ぶ衝撃に舌を噛む。スワローの通話はとっくに切れていた。 民間の通話は電話局を経由するため、30分の制限時間が来ると強制的に担当の交換手に切り替わる仕組みだ。 突如として回線に割り込んできた女性交換手は、取り澄まして事務連絡をする。 『延長がご希望でしたら掛け直して』 「ありがとうございます結構です!!」 力一杯受話器をフックに叩き付けたピジョンは肩で息をしながら電話室の床にへたりこみ、言うだけ言ってとっとと退散し、最後の最後に大恥をかかせた弟を心底恨んだ。

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