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第15話
「廊下を走っちゃいけません、転びますよ」
「はーい」
「シスターゼシカは心配性だな、おれ達の世話ばっか焼いてるといきおくれちゃうぜ!」
「ご心配は無用です、私は主に一筋なので」
わんぱくハリ―が朗らかに笑い、後続の子供たちが追従する。
洗濯物籠を抱えて歩いていたシスターゼシカはため息を吐いてから、母性を仄めかす苦笑いで子供たちの行方を見守る。
「元気なのは結構ですけど、元気がありすぎるのは困りものですわね」
監督役が自分一人では手が回らない。
とはいえ、贅沢は言えまい。
教会の人手不足は深刻だ。
神への信心がすたれたご時勢、自ら教会の門を叩く物好きはとても少ない。
ボトムの教会に集うのはやむにやまれぬ事情があって匿われたものたちばかりだ。
シスターゼシカは同僚一人一人の顔を思い浮かべる。
親の虐待、恋人の暴力、ポン引きとの反目、娼婦上がりに女将崩れ……皆他に行くあてがなく、最後の砦として教会に助けを求め修道女になった経緯がある。
シスターゼシカも例に漏れず、堂々と太陽の下を歩けるような経歴の持ち主ではない。
そんな自分が子供たちの世話に追われ、お祈りの支度をして日々穏やかに過ごしているのだから、どん底にいる時に手をさしのべてくれた神父には感謝の念が尽きない。
神父はシスターゼシカの恩人だった。
ここにいる全ての修道女にとってそうであるように。
「待ってよハリ―」
「早く来い新入り、おいてっちまうぜ」
先頭のハリ―が歯を見せて振り返る。身動きのたび尻に生えたしっぽがひょこひょこ動く。ヴィクはおいてかれまいと懸命に走る。ハリ―のすぐ後ろにはオーバーオールのチェシャが付き、その後ろに最年少のシーハンの並びだ。しんがりを務めるヴィクはこざっぱりしたお仕着せを見下ろす。
いずれ劣らず働き者のシスターたちが手をかけて洗ってくれる衣類は質素で清潔だ。ボタンがとれたら修繕を頼めばいい。年長の女の子たちはシスターに裁縫を教えてもらい、自分で直す。チェシャのお尻のちぐはぐアップリケは彼女自身があてたものだ。縫い目がガタガタに歪んでいるのはご愛敬、肉球マークが可愛らしい。
ヴィクはシーハンに視線を移す。
彼女は紺のエプロンドレスを纏い、ドロワーズをはいていた。蛇のミュータントのシーハンは灰緑がかった肌をして、顔や腕は光る鱗で覆われている。髪の色は黒で、顔立ちには東洋系の特徴が出ていた。
何より異彩を放っているのは瞳孔が縦長に窄まった琥珀の瞳。
シーハンの瞳を見るたび、綺麗だなあとヴィクは感嘆する。
図鑑に載ってる鉱石みたいにきらきら光って、ずっと眺めていたくなる。
横顔を熱心に凝視されているのに気付いたか、息を乱したシーハンがおずおず振り返る。
「……わたしの顔なにかへん?」
「ううん、別に」
咄嗟にごまかして俯く。女の子の顔をじろじろ見るなんて失礼だったと反省する。
シーハンとはせいぜい2、3歳しか違わない。ドギーの家に居候していた頃に爬虫類系のミュータントは何度か見かけたが、彼女の瞳は特別綺麗だった。
シーハンはヴィクにいちばん優しくしてくれた。
『しっぽも毛もねえツルツルじゃん、へーんなの!』
『あっち行けよ人間、匂いが移んだろ』
『このベッドは使わせねーかんな、どうしてもってんなら床で寝ろ』
大部屋には意地悪な子たちもいた。
自身もミュータントの落とし子であり、ミュータントの仲間に囲まれて育った彼らの目に、身を守る爪も牙も毛皮も持たず、しっぽも生えてないヴィクが排斥すべき異物として映るのは想像に難くない。
孤児院に来たその夜に、ヴィクは仲間外れにされた。
ヴィクにあてがわれたパイプベッドはいじめっ子に乗っ取られ、彼らはその上で枕投げをおっぱじめた。
『いでっ、この野郎よくもやったな反撃だーあはは!』
『くらえエクストリームミサイル!』
『ねえ、それ僕のベッド……』
傍らに突っ立ち、遠慮がちに声をかけるヴィクを無視し、パジャマ姿で大暴れするいじめっ子たち。
『ねえってば』
『ねえってばじゃねえよ、きしょ』
『これがお前のベッドだってんなら自力で取り返してみろ!』
いじめっ子たちがさもおかしそうに笑い転げる。ヴィクはちっとも面白くない。パジャマの裾を掴んで俯き、ドギーの顔を回想する。
ドギーのアドバイスを反芻して深呼吸、勇気をふりしぼって一歩を踏み出す。
『ぼっ、僕も入れて』
『はあぁ?』
枕投げをくり広げていた男の子たちが一斉に静止、胡乱そうに振り向く。
どもってしまった羞恥で顔が熱くなる。
ドギーは言った、時には強いものに巻かれるのも大切だと。噛み付くだけじゃ敵を作るぞ。媚びて阿り妥協して、時には自分から歩み寄るのも大事だと……
『枕を投げて、敵をっ付けて、勝ち負け決めるんだよね。やりたい、一緒に遊……』
ドギーの教えを忠実に守り、笑顔を取り繕って歩み出したヴィクの顔面に何かが激突。ベッドで跳ねている男の子が、力一杯ぶん投げた枕だ。
『やーだね!誰がツルツルの人間なんかと遊ぶもんか、菌が伝染ってハゲちまうから寄んじゃねえ』
『伝染ったりしないよ』
猿のミュータントの男の子が歯茎を剥いて威嚇、鼻を覆ってへたりこんだヴィクがべそをかく。枕があたった鼻柱が赤く染まり、鼻腔の奥に鉄錆の味が広がる。
『あ』
たらりと鼻血がたれる。手のひらで赤い滴りを受けて呆然とするヴィクを指さし、勝ち誇ったいじめっ子たちが爆笑する。急にしょっぱい涙がこみ上げて、ヴィクはぎゅっと目を瞑る。
『泣ーけ!泣ーけ!泣ーけ!』
『さっさと出てけツルツル、ニンゲンならよそで引き取ってもらえんだろ』
『ここは俺たちミュータントの縄張りだ、ツルツルはお呼びじゃねえ』
いじめっ子たちがベッドで跳び跳ね口々に囃し立てる。
こんなのなんでもない、とヴィクは自分に言い聞かせる。
檻に入れられてひもじい思いをするよりずっとマシ、息苦しい首輪をされて鞭で打たれるよりずっとマシ、鎖に繋がれずにすむだけマシとマシマシさがしをする。
他の子供たちは寝る支度をしながら心配そうに、あるいは後ろめたそうに盗み見るだけで助けてくれそうにない。当たり前だ。ここではヴィクこそ異分子、はみだしものなのだ。
大丈夫。檻でも寝れたんだから床で寝る位どうってことない、慣れてるもん。
内心そう強がって腰を浮かせた時だ。
『新入りいびりはやめなさい!』
第一声を放ったのは、腕組みで仁王立ちするチェシャだ。シーハンは背中に隠れている。
『またお前か、ひっこんでろメス猫』
『あんたたちが悪さしてるって聞いて飛んできたのよ』
シーハンが連れてきたらしい。歯磨きの途中で呼び戻されたらしく、口の横に泡が付いている。
いじめっ子のリーダーは鼻白み、チェシャとシーハンを見下ろす。
『ミュータントが人間をかばうのかよ、裏切りもん』
『この子があんた達に何したっての、何もしてないでしょ』
『人間と同じ空気吸いたくねー』
『じゃあ顔中の穴って穴に綿詰めて縫い付けたら?あんたは馬鹿だから知んないかもだけど、空気ってのは目に見えなくて世界中にまんべんなく広がってんの。生きて呼吸してる限り、あたしたちはみーんな同じ空気吸ってんの。おわかり?』
『先生のうけうりじゃん』
ずいずいくるチェシャの剣幕にいじめっ子たちがたじろぐ。そこへ歯磨きを終えてすっとんできたハリ―がすかさず援護射撃に入る。
『待たせたぜ!』
『別に待ってないし』
『チェシャのゆーとーり、って認めんのは癪だけど先生の教えならまあいっか』
『お前も人間の味方すんのかハリ―』
『先生やシスターたちも人間じゃん、ごはんくれる人たちは別ってか?』
『~~~ッ、うるせえっ!』
いじめっ子たちが手に手に枕を持ってハリ―たちにとびかかる。
『言ってもわかんないヤツらね、受けて立とうじゃないの!』
『俺様何様ハリ―様のビクトリーウェポンをくらいやがれ!』
ハリ―とチェシャは顔を見合わせて首肯、互いに腕まくりし、他のベッドから奪った枕でしたたか殴り返す。枕投げ、改め枕叩き合戦の開幕だ。
『け、けんかはやめて……けがしちゃうよ』
息ぴったりの連携プレイで反撃するチェシャとハリ―を見守り、か細い声で訴えるシーハン。
おろおろする彼女を見かね、ヴィクはある決断を下す。
『もういいよ!』
ベッドの上と床を転がり回っていた一同が、突然の大声に仰天する。
ヴィクは手の甲で鼻をこすり、強い眼差しでいじめっ子たちを睥睨する。
『床で寝るよ。それでいい?』
『……白けちまった。解散』
いじめっ子たちが退散したあと、パジャマを皺くちゃにしたチェシャとハローが小走りにやってくる。
『大丈夫?』
『ちょっと鼻血がでただけ』
『アイツらサイテーだな』
『ヴィクはなんにも悪いことしてないんだから堂々としてなさいよ』
『人間だろうがミュータントだろうが関係ねェよ、ウチにきたからにゃ俺の子分て決まってるんだ』
チェシャがヴィクの背中を平手で叩き、ハリ―がヴィクの肩を抱いて励ます。嵐は去ったものの、いじめっ子たちが靴のまま上がったせいでシーツは泥だらけ。とても寝られる状態じゃない。
『シスターたちが飛んでくる前に追っ払えてよかった』
『よくないでしょ、泥んこじゃない』
チェシャとハリ―が言い合うのをよそに、ずっとだんまりだったシーハンがそっとヴィクの袖を引く。
『……わたしのベッド使って』
『え?でも』
『いいの』
シーハンが小さく首を振り、頑張って微笑んでみせる。
『怖くて助けてあげられなかったから……』
申し出の辞退を躊躇ったのはシーハンの笑顔がとても愛くるしかったからだ。
引っ込み思案で内気なシーハンは、最大限の勇気を奮い立て、進退決めかねるヴィクに提案する。
『一緒に寝よ』
『で、でも』
女の子と寝るなんて、小便たれにゃまだ早いってスワローさんに言われちゃうよ。
女の子にベッドに誘われるなんて当然初体験で、意味もわからず胸が高鳴る。しどろもどろ赤面するヴィクのリアクションを遠慮と履き違えたか、チェシャとハリ―が挙手で飛び入り。
『じゃああたしも!』
『ずるいおれも!』
『4人で!?』
さすがにぎゅうぎゅう詰めじゃないか、端から落ちちゃわないか案じるヴィクとは対照的に、シーハンは嬉しそうに笑った。
『いいよ、みんなで寝よ。たくさんおしゃべりしようね』
その夜、ヴィクたちは四人で寝た。シーハンとヴィクが真ん中、チェシャが右、ハリ―が左。シーハンがヴィクの鼻に綿を詰め、チェシャがヴィクのベッドシーツを剥がして丸め、ハリ―は早く鼻血が止まるようにと首を叩いてくれた。
ヴィクは3人が大好きになった。
今もって完全に溶け込めたとは言えない。大人の目の届かない場所では陰湿ないじめもある。あるいはそれも予期していたのか、神父やシスターたちは余程の事がない限り干渉せず、子どもたちの裁量にゆだねている。
孤児院におけるヴィクの立場は微妙だ。子どもたちの中で唯一の人間の彼を、同じ人間の神父やシスターが庇い立てるのは逆効果になりかねない。
シスターと神父がボランティアの炊き出しに出払ったあと、ハリ―とチェシャはある計画を立てた。
「厨房がもぬけの殻の今こそ盗み食いのチャンスよ」
「戸棚にお茶請け用意してんの、ちゃんと知ってんだ」
シスターたちは夜の仕事が一段落したあと、ささやかなティータイムを催す。
その時配られるお茶請けのタルトが、ハリ―とチェシャの目当てだ。
「先生たちは炊き出し、シスターゼシカは洗濯」
「シェルターの人たちは納品でダウンタウンに」
「て事は?」
「絶対バレない!」
「うまくいくかなあ」
ヴィクは半信半疑だ。
厨房の戸棚を漁るのは気が引けたが、いざゆかんと大乗り気のハリ―とチェシャに押し切られてしまった。
「シスター・エリザのお手製タルトすっごいおいしいの、ほっぺた落ちちゃうわよ」
「回収するのが大変だぜ」
口々に吹き込まれ、好奇心と食欲に負けたのは否定できない。シーハンだけは最後まで渋っていたが、仲間外れにされる抵抗から結局付いてきた。
「一口だけならセーフよ、ねずみに齧られたって言えばいい」
「いけないことでしょ……?」
「シスターたちだけおいしいもの食べるのずるいでしょ、わたしたちにはご飯が入らなくなるからだめっていうのに」
「タルトが欠けちゃったらがっかりしない?」
心優しいシーハンにチェシャとハリ―は閉口、ヴィクが助け船をだす。
「だったらかわりのものをおいていこうよ」
「それならがっかりしないね」
ヴィクのアドバイスでシーハンの顔が輝く。チェシャが「ちょっと」と口を尖らす。
「そんな事したら私たちのしわざだってバレちゃうでしょ」
「犯人はわかんないよ」
シーハンが哀しむ顔は見たくない。たとえお為ごかしでも、彼女の気が済むならそちらを採用したい。
「しょうがないわね……」
チェシャも渋々矛をおさめる。結局素直でいい子な最年少のシーハンには皆甘いのだ。
厨房は半地下の食糧庫と繋がっている。孤児院の棟の端に位置し、食事の時間になると湯気に乗じていい香りが漂ってくるため、わざわざこの近くで遊ぶ子たちも少なくない。
一行は廊下の窓を開け、桟を乗り越えて外にでる。一番手はハリ―、二番手はチェシャ、三番手はヴィクだ。
猫のミュータントのチェシャがほぼ音を立てず完璧な着地をきめた後、桟を跨いだヴィクは、怖気付いたシーハンに手を伸ばす。
「僕が支えるから」
「……ほんと?」
「約束する」
窓の外に降り立ち、シーハンへ手をさしのべる。ヴィクを信頼したシーハンは顔を引き締め、彼の手に抱き上げられる形で桟を跨ぐ。
「お熱いねェお二人さん」
「ばか」
ハリ―がヒューヒュー口笛でひやかし、チェシャのお目玉をちょうだいする。
「ありがと」
「気にしないで」
ヴィクはすぐシーハンから手を離し、シーハンは中庭の方へ駆けていく。
外に出た一行は外壁にそってぐるりと半周、厨房の窓の前に至る。
「誰もいないわね」
チェシャが爪先立って中を確認、にんまり。
下見を済ませたチェシャとハリ―が頷き合い、いよいよ計画を実行に移さんとした時。
子供の悲鳴が上がった。
「な、何!?」
チェシャの猫耳が立ち、ハリ―のしっぽが尖る。出所は孤児院の方だ。続いてガラスが割れ砕ける音、男の太い恫喝と足音の群れが響き渡る。
この感覚。
この気配。
あの地下室で、下水道で体験したのと同じ……
「!!シーハンっ」
「ちょ、ちょっとヴィク」
ヴィクは駆け出す。チェシャとハリ―がうろたえきって追いかける。
孤児院の棟を回り込んだヴィクの目に映ったもの。割られた窓ガラスと地面に錯綜する大量の靴跡、逃げ惑うこどもたち。
「一体どうしたのよ」
「わ、わかんない。いきなり知らないヤツらが」
トカゲの女の子が泣きじゃくり、額にサイの角を生やした男の子が指をさす。
そこにはタイヤの焦げ跡も生々しい、数台のジープが停まっていた。
「シーハン知らない?」
「見てないけど……」
胸騒ぎに襲われたヴィクは、いじめっ子の号泣に振り向く。
「やだ先生シスター助けて、俺いい子になるちゃんといい子になるからあっ」
「暴れんなクソガキ。猿のミュータントは相場割れてっから能天かち割ってもいいんだぞ」
「こっちこないで!」
「ツレねェこというなってお嬢ちゃん、うさぎのミュータントはマニアが付いてっから可愛がってもらえる」
破砕された窓の向こうに、阿鼻叫喚の地獄絵図が広がっていた。
マスクを被った男たちが大部屋に突入し、次々に子供たちを捕まえる。
猿の男の子のしっぽを踏み付け、うさぎ耳の片方をひっ掴み、片足ぶらさげて髪の毛をむしって麻袋に放り込んでいく。
まるで害獣駆除だ。ヒステリックに逃げ惑うこどもたちに魔の手が迫る。噛み付けば平手打ち、鳩尾を蹴り上げ黙らせ袋詰めにし、それを見た一人が目を吊り上げる。
「キズモノにすんな、売値が落ちんだろ」
「顔は避けてるよ」
捕獲された子供はいずれもぐったりし、袋の中に投げこまれていく。
「あ………あぁ……」
「たすけておかあさん、やだ真っ暗なんも見えない!」
「先生どこーやだー助けて……」
袋の中でめちゃくちゃにもがいて暴れる子どもたち。男たちはそれぞれ担ぎ、あるいは引きずった袋を、外のジープの荷台に無造作に投げ上げる。
「大漁だな」
「やりぃ、レアもんゲット」
チェシャが顔面蒼白で呟く。
「コイツら人さらいよ」
「人さらいって」
「最近噂になってる……ボトムの孤児院を襲って、子どもをさらってく連中よ!」
「金持ちのヘンタイにおれたちを売り飛ばすんだ」
震え上がったチェシャとハリーの説明にヴィクは絶句。
男たちは全部で10人程度か。全員が銃やナイフ、火炎瓶で武装している。大部屋のベッドを蹴飛ばし、本棚をひっくり返し、なにもかもをめちゃくちゃに破壊しまくる。
「そだ、シスターは?」
一縷の希望に縋るチェシャのもとへ、中庭で洗濯物を干していたシスターゼシカが、息せき切って駆けてくる。
「みんな地下食糧庫に避難して、中から鍵をかけて絶対開けちゃだめ、神父さまたちがお帰りになるまでじっとしてるの!逃げ遅れた子がいたら手を引いて連れてって、さあ早く」
中庭に散った孤児の背を押して食糧庫へ誘導する傍ら、片っ端から子供を捕まえ袋詰めの暴挙に出る男たちをキッと睨む。
「恥を知りなさい!」
第一声で罵られ、男たちが下卑た笑いを炸裂させる。
「随分と気の強えシスター様だ」
「いいねェ、こーゆーはねっかえり程いい声で啼くんだ」
「お話は聞いてます、ボトムの孤児院から子供を拉致する外道ですね。即刻子供たちを解放しなさい」
「子供ってなぁコレか?」
「ぅぐっ」
むさ苦しい髭面の男が足元で蠢く麻袋を蹴り付ける。
「やめて!」
シスターゼシカが血相を変え、袋詰めの子供を助けようと駆け寄る。
しかし男たちが動く方が早い。窓枠をあざやかに飛び越えた髭面がシスターの手首を掴んで抱きすくめ、豊満な乳房を揉みしだく。
「いっ、ぅぐ」
「へえ、感度がいいじゃん」
「シスターゼシカをいじめるな、その人は俺とケッコンするんだぞ!」
ハリ―が顔真っ赤で激怒、拳を振り上げて男に駆け寄り蹴倒される。
「大丈夫ですよハリ―、早く逃げて……」
「シスターをはなしなさい!」
「ッで、このガキ!?」
チェシャが男の足で爪を研ぐ、たまらず喚いた男がチェシャを蹴飛ばす、人形に蠢く麻袋を担ぎ続々窓枠を乗り越えた一人がチェシャに急接近。
「猫のミュータントか。レアリティはぱっとしねェが、まあまあかわいい顔してるじゃねェの」
「味見はあとにしろよ、帰ってからいくらでもできんだろ」
「ネコの舌ってざらざらして気持ちいいんだぜ、フェラ最高」
「やだ来ないで、やだやだやだ」
「チェシャに手ぇ出すな、ばかっはなせっ!」
「ハリ―になにすんの、変なことしたらぶっとばすわよ!」
「テメェの孔の心配しとけ」
ガスマスクをした男がハリ―を袋に放り込み、泥まみれのチェシャが目一杯を手を伸ばす。
「あ……あ……」
チェシャが叫んで暴れ男の顔面をひっかく、平手打ち、足を掴まれアップリケが泥んこに「やだやだたすけて先生」袋の中でハリ―がめちゃくちゃにもがく男たちがそれを見て笑ってる「チェシャをはなせひげもじゃやろー先生が承知しないぞ、お前らなんか神様の思し召しでこてんぱんだ!」シスターゼシカが絶望の表情で叫ぶ「やめなさい、お願いやめて」
『お前は犬だ、わかったな』
『一生檻から出さねェぞ』
コヨーテ・ダドリーの顔がフラッシュバックした途端、小便をもらす。
「あのガキは?何のミュータントだ」
「見た目じゃわかんねーな」
「その子はただの人間です、何日か前に来たばかりよ」
「本当かよ」
「見ればわかるでしょ!」
「じゃあいいか、荷物が増えるしな」
「ははっ、立ちっぱでちびってやがる」
「ばっちいガキだな。ただの人間に用はねェ、とっとと行っちまえ」
下着からズボンまで濡らす迸りに慄き、ヴィクは目を剥く。
「何考えてるんですか、その子はまだほんの子供よ!」
「孔は孔だろ」
「助けてシスターゼシカやだきもいへんなとこさわんないで」
「一緒に気持ちよくなろうぜ子猫ちゃん、特製マタタビジュースたらふく飲ませてやる」
泣いて嫌がるチェシャに瞠目、シスターゼシカが叫ぶ。
「私を好きにしていいから!」
好色な視線がシスターゼシカに集中する。
頭のてっぺんから爪先まで、漆黒の修道着が包む肢体を舐め回す視線の不快さを耐え忍び、唇を噛んでうなだれる。
「代わりにご奉仕しますから……お願いです、子どもたちに手をださないで……」
若く美しいシスターが泣き崩れ、頭巾から金髪の巻き毛が一房こぼれる様子にけだものどもが唾を飲み、我先にベルトを外す。
「だとさ。どうする」
「泣いて頼まれちゃ仕方ねェ」
「俺たちと遊びたいんだってシスターさん?」
「子供を庇って盾になる、見上げた志じゃねェか」
「神に仕えるシスターの味はどんなもんか興味あるぜ」
「当然処女だよな?」
「シスターが非処女なんて詐欺だろ詐欺」
いやだ。やめて。聞きたくない。助けに行きたいのに足が竦んで動かない、全身が震えて言うことを聞かない。
目を見開いたヴィクの先、男たちがシスターゼシカの衣をひん剥き、清楚な白い下着を膝までずりおろす。
壁に手を付かされたシスターの腰を無慈悲に引き立て……
「ちょい待て、誰に断りなく一番乗りさらしとるんじゃ」
男の声がする。
振り返る。
ツーブロックに刈り上げた黒い短髪、鋭く尖った鼻梁、切れ上がった鳶色の眸の若者がいた。
「一番旨い肉は王様に捧げるんが群れの掟ちゃうのん?」
逆光を背負い、鮮やかに窓枠を飛び越えて舞い降りる。
「俺はこの尼が病気もってねェか確認しただけで……あはは。どうぞ」
退く男と立ち代わり後ろに回った黒髪が、おもむろにゼシカの顎を掴み、ねじるように振り向かせる。
「根性あるなあジブン。血の繋がりもあらへんミュータントのガキどもの為にカラダ張って、危なく惚れてまうとこやった」
唇が生白い耳裏に回る。
「で、処女なん?」
羞恥に朱を散らす尼僧の答えを待たず前を寛げ、前戯もなく剛直で貫く。
「~~~~~~~~~~~~~~~~~ッ!!」
「ああちゃうな非処女やん、めっちゃ具合ええでたまらん」
「あッ、やッあぁッ、んぅッ、やッ、やめて痛ッぐ、子供たち、は、ほっといてくださッ、ァあっンッ、ふぁッあ」
後ろ向きで犯されながら尻を振りたくるシスターゼシカ、乳房を捏ね回され仰け反り赤く熟れた陰唇を剛直が押し広げ子宮口を突く、男は後ろから好き放題にゼシカを貪り凌辱する、うなじにキスをして肩甲骨を噛み手荒く揺さぶって見せものにする。
「あッ、あっ、あァっン」
シスターの目から次第に光が消えていく。悲嘆に閉ざされ、快楽に濁りゆく瞳。
「やめてよ痛がってんじゃない」
「ばーか。コレはな、よがってるって言うんだよ」
「おねが、ンあっあ、見ないッで、あッ、早く逃げ、ァっんあっ、ンふぁっ」
男たちが下卑た哄笑を上げ、わざとゼシカの足を掴んで大股開きに固定。
呆然とするチェシャを袋に叩き込み荷台へ。
後ろ髪を掴まれ、仰け反るゼシカの目にあらん限りの憎悪が爆ぜる。
「うちの子たちに酷いことしたら殺してやる!」
「威勢がええやん、滴っとんのに」
「ッあんっ、はアっ、や、っあふあっ」
裂けた媚肉に剛直を抜き差し、血と愛液をかきまぜる。
「ひっあッ、もッや、みんな逃げ、鍵ッちゃんとッ、神父さますぐお帰りになるっ、から、隠れンっあ、お祈り、して待って」
壁に縋り付いて朦朧と口走る間も母性と情欲がせめぎあい、ひと突きごと理性が散って蕩けたメスの顔になっていく。
ツーブロックに追い上げられ、汗と涙でぐちゃぐちゃになった顔でゼシカが懇願。
「ヴィク、シーハンを……」
金縛りがとけた。
チェシャとハリ―は捕まった、ゼシカは動けない、シーハンを助けられるのはヴィクだけだ。
高まる喘ぎ声と衣擦れ、男たちの荒い呼吸に耳を塞いで走る走るひた走る。シーハンはどこだどこにいる、どうか無事でいてくれと気も狂いそうに神頼みして神様なんてこの世界にいないのだと思い知る。
「シーハン、いたら返事して!」
シーハンをさがす。見付ける。手を引いて食糧庫に連れてく、あそこなら安全だ。どうか無事でいますように手遅れなんてことありませんようにじっと膝を抱えて待ってれば必ず助けがくる僕がそうだったようにきっと誰かが……
『生きてェの、死にてェの、どっち?』
目の下に隈ができた青年がぶっきらぼうに聞く。
『今すぐには家族になれずとも、あなたが私を頼ってきたらできるかぎり味方であろうと努めます』
神父が眼鏡の奥の糸目で微笑む。
僕は、僕に優しくしてくれた人たちを信じる。
「シーハンどこにいるの、怖がんないででておいで」
「ヴィク……」
がさりと音が鳴る。
中庭の片隅、蛇いちごの茂みの影から歩み出たシーハン。小さな手がたくしあげたエプロンドレスの裾には、蛇いちごがいっぱい摘まれている。
「タルトのお返しに……みんなのぶんも……」
シーハンの手は小刻みに震えていた。
腕も、足も、全身が震えていた。
突然の騒音に怯え、わけもわからず茂みに隠れていたのか。いじらしさに駆り立てられ、その手をぎゅっと握る。
「何があったの?」
「おっかない人たちがジープで乗り込んできたんだ、ミュータントの子たちをさらって売り飛ばす気だってチェシャが」
「みんなは、シスターゼシカはどこ」
嘘は吐きたくない。吐くしかない。
震える両手で自分より小さいチェシャの手を包み、ともすると裏返りそうな声で告げる。
「みんなぴんぴんしてるから安心して」
「よかったあ」
「一緒に食糧庫へいくんだ、もうすぐ先生たちが戻ってくるから鍵をかけて」
「惚れたオンナを守って戦うなんて、えらいかっこええやんジブン」
鋭利な白刀が地面を穿ち、のっそりと人影が歩み出る。
ヴィクは息をのむ。
中庭と反対方向からやってきたのはツーブロックに刈り上げた黒い短髪、鋭く尖った鼻梁、切れ上がった鳶色の眸の男。
「嘘……」
シスターゼシカの喘ぎ声はまだやまない。強姦に夢中なあの男が、中庭を回り込んで現れるなんてありえない。
咄嗟にシーハンを背に庇い、唇を噛んで立ち塞がるヴィクの前で、日本刀をひっさげた男が停止。
「蛇のミュータントか」
シーハンが放した裾から蛇いちごが転がり落ち、一面にばら撒かれる。ヴィクに隠れたシーハンを値踏み、男は大胆に間合いを詰める。
「レアリティはそこそこやけど、カラット高そな目ェしてるな」
「来るな!」
「おどれはいらん」
男が日本刀を振り抜くのと、彼が蛇いちごを踏み潰すのは同時。ブーツの靴底で果肉が弾け、赤い雫が滴った。
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