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0-山田
──あれから1週間。
普通だったらクビになってもおかしくない。そんな入社間もなくでの欠勤だったわけだが、Ωを簡単に採用するような職場だ。悲しいかな人員不足に抗う術は俺を使い続ける他に見つからなかったのだろう。ま、それだけ俺という存在のありがたみをわかってるって点ではこの会社、そこまで悪くないらしい。
「おぉおはよう山下君、今日も頼むねえ…」
「山田だっつってんだろおはようございます」
「体調は大丈夫かい?山本君…」
「だから山田なんだってお陰様でもう平気です」
清掃員やってんのは俺を除きゃジジイばかりだ。定年過ぎた動けるジジイの最後の働き口として人気みたいだが、バカデカビルの掃除全般受け持つのは相当しんどいだろうよ。流石の俺でもこれは同情してしまう。
何とか発情期を乗り越えられた今日くらいはせめて、ちょっとはジジイ共の負担を軽減させてやらねぇ事もない。
「じゃあ俺上から進めて来ます」
「頼むよ鈴木君」
「一文字も合ってねぇよコケないように気を付けてくださいね!」
まったく、ボケてんのか冗談なのか本気でわかんねぇから困る。どこまで突っ込んで良いものやら。
朝っぱらから深くため息を吐き、清掃員には利用する事も許されないエレベーターを見送って非常階段を駆け上がった。体力には自信がある方だ。ホイホイ食われて人生詰みましたなんて笑えねぇから逃げ足くらいは鍛えてるって訳。勿論弱そうな…あー、そうだなそれこそ先週俺に薬を寄越したαくらいなら正面から向かったって勝てるだけの腕っぷしはあると自負してる。
……そうだ、あのαも最上階に居るんだよな。えーっと…名前なんだっけ。
「……あの、何かウチに用?」
「………アイツを出せ」
「ん?」
そして俺は、最上階に位置する株式会社MS商事の入口へとやって来たのだった。
ここが閻魔大王も怯む悪の組織だってのは十分理解している。だから道具入れの中から一番古い、デカくて重たいキャニスター掃除機を担いできた。もし襲い掛かってきたら相打ち覚悟で応戦してやるっつーんだ。
「綾木ってヤツを出せ」
「………?呼んでくるから待っててくれよ」
出勤時間に融通きくのは何て言ったっけか。俺達清掃員からしたら知ったこっちゃ無いんだろうが、とりあえず丁度オフィスに入る所だったらしい大男を捕まえた。俺とは背もガタイも違ぇ。靴のサイズいくつだよっての。何処かで俺を下に見ているような胸糞な態度も気に食わねぇ。これだからαは大嫌いなんだよ。……家族を除いて。
そのデカブツは何も入って無さそうなぺちゃんこの通勤鞄をデスクに放り、奥へと進んでいく。見るからに高級そうな海外ブランドの鞄をあんなぶっきらぼうに扱うなんて大層なモンだ。
「すーばるー。掃除の兄ちゃんがお前出せってよ」
「えぇ……何かした覚えは無いけど…?」
「しらねーよw」
僅かに聞こえた記憶通りの声色が、あの日の悔しさまでもを掘り返す。
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