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0-山田

「って冗談だわ本気で跪く奴が居るかよ」 「……へ?」 遊びがいのありそうな玩具を見つけたお陰で珍しく朝から気分が良い。まともに面識も無い俺相手にこのザマじゃ、番にはさぞかしこき使われてんだろうよ。そっちのΩの方が気になってきたくらいだ。 「…お前さ、綾木っつったっけ。必要なだけ千切って置いてきゃ良かったものを箱ごと置いてくって何だよ」 そう。コイツは何歳以上が何錠だのとタラタラ読み上げた挙句、抑制剤を丸ごと置き去りにしていたのだ。それもどうせなら新品をくれれば文句も言わないが、しっかり封を切られた使いかけ。 「テメェのΩに不倫疑われんのは御免なんだよ俺は」 「ええ?!そんな僕みたいな落ちこぼれ非モテ野郎が疑われるわけないです大丈夫!…そ、それにあの人は事情を話せば絶対にわかってくれるので」 「惚気聞く趣味ねぇんだよカース」 「ぐっ…」 綾木は心底傷ついたみたいに胸の辺りに手を当てて眉間にしわを寄せる。俺が言う事じゃねぇけどΩをあの人呼ばわりとか、冗談にマジで凹むとか、曲がりなりにも一流企業に勤めてるαの態度じゃねぇと思うんだけど。 世の中には変わった奴もいるもんだな。俺の人生ももしかしたら捨てたもんじゃねぇのかもって期待しちまうくらいには。 「んじゃあ返すつもりだったけど、お前がそう言うなら有難く貰っておく。番に事情説明する時はよぉ、ついでに俺をテメェの第二夫人にする可能性も踏まえて話しとけや」 「それはッ……申し訳ないけど、あり得ないですよ」 「だよな。わかってて言ったんだよボケ」 「ふぐぅっ……」 冗談が通じねぇ奴を相手にするのは、その都度騙してるみたいで罪悪感が募る。コイツで遊ぶのもそろそろやめておいた方がよさそうだって俺の良心が叫んでやがるってんだ。 「でっ…でも何かあれば力になるので……!掃除、頑張ってください」 「おー。考えとく」 それだけ言うと綾木はペコペコと頭を下げながら事務所へ戻り、俺も担ぎっぱなしの掃除機を床に置いてコードを引き伸ばした。 埃被ってどうしようもねぇ不良品だと思っていたが、年寄りじゃ扱いきれないだけで相当の吸引力を保持する優れモノだったらしい。こりゃ良い武器…いやいや、掃除道具を見つけちまった。 短いコードで何度も止めては彷徨うよりよっぽど都合が良い。何ならこの廊下一発でかけきれるんじゃないだろうか……や、流石に厳しいか。 身内以外のαと対等に会話が出来た気持ちよさと、着替えを押し込んだロッカーではなくすぐに取り出せるポケットに抑制剤を忍ばせられた安心感が、既に有能な俺を3割増しで働き者へと進化させたのだった。

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