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0-安藤
澄晴の足音を察知し、早々に入口へと向かう。別に昔から嫌いじゃなかったけど、冗談言っても文句の一つも言ってくれないからイジメみたいになっちまってただけで俺の中では仲良くなるためのステップだったんだ。あれは。
と、まぁそんな事を今更言ったところで無駄で、正直澄晴の優しさに助けられて今の関係があると思っている。
澄晴とこうして話すようになってどれくらい経つだろう。最近じゃこの会社の中で俺が一番仲良い自信だってある。だから、あんなヤバそうな奴と突然2人きりにはしたくなかったんだけどな…いやマジで。
「澄晴おかえり!何だったん?」
「え?あぁいやなんでもないよ。気にしないでくれ」
「気にしないのは無理だろ!アイツ絶対やべぇ奴じゃん。いかにもお前が関わらなそうな感じ」
やけにデカい掃除機引っ掛けて、伝説のドラゴンみたいな目で俺達を睨んできたんだ。魔法でも使えるんじゃないか。お部屋を綺麗にするためのアレが俺には金属バットと血濡れの生首にすら見えた。
それにアイツ…清掃員やってるαなんて居る訳ないだろうから多分βだろうけど、この俺に向かってあの態度だ。正直な所、今までこれといって苦労というものをした経験がない。学生時代から誰にも怒られる事無くむしろ崇められるくらいの地位を確立したまま今の仕事に就いた。
そしてここでも、それなりに人望は厚く彼女も絶えず、まさに人生の勝ち組ってやつなんだろうが……。
「俺を使っただけじゃなく…仕事しやがれクソサボリーマン野郎って……言ったんだぜ。掃除のにーちゃんが。信じられるか……?」
「信じられなくても俺も見ちゃったから現実なんだよな…それと俺は、今の安藤の表情にも驚愕してる」
「へぁ?」
澄晴が取り出したコンパクトミラーには、自分でも信じ難いほどに──。
「…ニホンザルのケツみたいな顔」
「自分で言うか、それを」
生まれて初めて真正面から受けた罵倒に何故か妙な快感を覚えてしまった俺の間抜け面が、鏡の面積いっぱいに映し出されていたのだ。
これは綾木澄晴という弱気なサラリーマンαと、晴れて婚姻関係を結んだ綾木来碧という強く美しい警官Ωの話──ではない。
かつて彼女と草津に訪れた所、二股していた女+その友人とばったり遭遇しておきながら修羅場にもならず女の友人をも抱きまくった誰もが認めるプレイボーイ安藤と、名前も知らない清掃員の話。
……因みに、既にその界隈の女とは手を切っているし、オカマバーで掘られかけた悍ましい体験はショックにより記憶が曖昧なのである。
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