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2-来碧
「はぁ……俺…なんて言った?」
「えぇと……5回──」
「2!」
「うっ…」
一度ヨシを出すと途端にマテが聞こえなくなるその男は、用済みの避妊具を取り払うと申し訳なさそうに背中を曲げる。
ここまで来て俺はようやく息をつくことが出来るのだ。
完全に飼い主に怒られた犬っころと化した訳だが、これがほんの数分前まで簡単に首輪など嚙み切ってしまえる狂犬…いや、むしろ猛獣だったので面白い。
行為中の澄晴は、優しい顔しておきながら吐息は熱を孕んでいるし、指の腹で丁寧になぞった唇の輪郭を何とも美味そうに眺めてくる。
喰われそうな強引なキスで堪らず唾液が頬を伝えば、ほんの一滴も余すことなく舌で掬われ、更に彼の唾液まで飲まされるので、実は相当遊んでいたのではないかと最近疑っている所だ。
どこまでが才能で、どこからが経験値なのだろうか。俺の知らない澄晴の過去を想像し、少しだけ胸が痛んだ。
「すいませんでした」
「…よろしい」
汗やら何やらでぐっしょりと濡れたベッドは、これから眠るには流石に寝心地が悪そうで
シーツを引き抜き、それとなく身体を隠す。あくまで不自然にならないよう、“ちょうど見えないだけ”を装い浴室へ向かった。
澄晴の帰りを待つ間、ちゃっかり浴槽に湯を溜めておいた自分が何だか恥ずかしい。
彼を待ち、こうなる事を想定して予め準備するなんて、独り身の俺では考えられなかったから。
「入れてくれたの?ありがとう…!一緒に行っていい?」
「…ん。身体冷えるだろ」
未だに裸を見られる事に対して抵抗がある俺とは裏腹に、澄晴は惜しげもなく骨の浮いた肋を晒す。
そのすぐ下の…ついさっきまで自分の中に居たものは落ち着いているとは思うが、そこを躊躇いもなく見るのはまだ難しい。…これが経験の差なのだと見せつけられているようで、寂しい。
俺と出会う前まで、澄晴は何人の女性を抱いたのだろう。その中にΩもいたのだろうか。俺と同じように、噛んで欲しいとせがんだ者をどうにかして退けてきたのだろうか。
俺の知らない澄晴の過去を、知りたいと願う欲。それを阻むのは知りたくないと目を逸らす恐怖だ。
運命の番が現れたって動じない強い心を持つ澄晴と違い、俺はいつだって弱虫のまま。
無意識に強く握っていたシワだらけのシーツを洗濯機に放り、ついでにフェイスタオルで下半身を隠すよう伸ばしたその時だ。
「ねえ来碧さん見て…ちん毛固まってる。この辺凄いよ、集結してるの」
「ぐふっ…ww」
見ないように意識していたというのに、わざわざアピールしてきたぞ、この男。自分の陰毛に感動してんじゃねえよ。あと俺にまで共有しようとするな。
「…ばか!」
「ぉお押さないでよ!滑るって!」
俺のこの気持ちに気づいての事なのか、それともただのアホなのか。
どっちでもいい。こんな変なヤツでもいざという時誰より頼りになる存在だって事はもうよくわかっている。
さっきまでの曇り空が嘘のように、淀んだ世界は晴れ渡っていた。
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