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2-来碧
成人男子2人には狭すぎる浴槽で、俺は澄晴の膝の上に座っている。これでも物件を探す時、多少は広い浴槽を見つけた筈だったのだが。
「…いつも思うけど、コレ重くないのか」
「ううん、全然。来碧さんの体重支えれなかったら番失格でしょ」
「……そう、か」
もっと恥ずかしがってくれてもいいだろうに。
普段ヘコヘコしている癖に急にスマートな台詞を吐きやがるのが一向に慣れない。きっともう少し環境が違っていれば、かなりのキザ男になっていた事は間違いない。
今だって、俺が身動きが取れないのをいい事に人の髪を指で弄んでみたり、伝う水滴を追いかけて頬から肩までを辿ってみたり。時折襟足を避けて唇を寄せるのは、多分彼が俺に刻んでくれた消えない証。
「来碧さん、ちょっと聞きたい事があってね」
擽ったさと満たされすぎたむず痒さに目を閉じていた時、澄晴は僅かに頸から口を離して囁いた。
そこだとモロに吐息がかかるので、出来れば距離を取ってもらいたいのだが。
「もしもの話だよ?」
「何だよ」
落ち着いているとはいえヒート中。危うく変な気分になりかけていた所を、弱々しい口調が現実へと引き戻す。
「もし、来碧さんに番がいなかったとして…どうしてもαしか居ない場所に1人で行かないといけなくて、そこでちょっとしたミスをして誰かに自分の性別がバレたら…どうする?」
突然何言ってんだコイツ。コアな心理テストでも見つけたのか。
そう思い振り返ってみるも、澄晴の表情は俺を試しているような意地悪なものではなく、どちらかというと悩みに悩んで爆発寸前…例えるなら俺達が番になる前の顔つきによく似ていた。
「あ…えっとね、一応他にも性別を知っているαは1人いて、まぁ頼りなさそうなシケたツラしてる奴なんだけど…番が居るから急に襲うとかは無くて…」
「そんな役に立たなそうなα誰が頼るか」
「うぐっ…」
なるほどそういう事か。少しずつ見えてきた。
共に生活を送るようになり、もう随分経つ。今では彼の癖やよく使う言い回し、好きなテレビ番組までもを把握しているわけだが…今日、また新しい彼を知った。澄晴は隠し事や誤魔化す事が絶望的に下手らしい。
「天下のMS商事さんはいつからΩを雇う方針に変えたんだ?」
「え、バレてた…?」
「思いっきり」
唸りながら背中にぐりぐりと頭を押し付ける澄晴は、まさか例え話でこれが通ると本気で思っていたのだろうか。よりによって俺相手に。これでも最近巡査部長になったんだぞ。
「社員じゃなくて、清掃員さんなんだけどさ…」
濡れた毛先に息がかかり、さっきから背中はムズムズしてしょうがない。ひとまず汚れた身体も流せた事だし、長そうな話の続きは上がってからが良さそうだ。
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