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3-安藤
今日は珍しく朝から走り回っている。企業としては大きくても、多方面に展開しまくっているだけで各部署の人員がそれほど多いわけではないから。
澄晴という働き者がたった半日居ないだけで、一階のカフェでホットコーヒーを買う時間も、給湯室でドリップコーヒーを優雅に淹れる時間も作れやしない。缶とインスタントだけはαのプライドが許さない。これは昼から、澄晴には相当頑張ってもらわねえと気が済まん。
と、その時だ。
廊下に響いていた掃除機の音がぴたりと止んだ。しかも扉のすぐ近くで。
高層階まで年寄りに行き来させるのが可哀想だからか、ウチのフロアは最近ではヤマダの担当だった。俺がコンセントのベストポジションを教えた日から、一度も止まる事の無かった騒音が静まるのは妙だ。俺と違ってアイツはなかなかの生真面目で、俺がちょっかいかけた時ですら角の埃を恨めしそうに眺めていたくらいなのだから。
俺や澄晴が所属している部署の島は入り口からも距離がある。逆に、そこに近いのは生産管理の──。
「〜〜たかったら…〜〜…?」
「ーーっ、」
空調の音でよく聞こえない。なんだこの居た堪れなさ。
顔を上げ、扉方向に目を向けると、そこには予想通りヤマダが居た。しかし、別の男のせいで顔まではよく見えない。
ヤマダを背中で隠している男は、俺と同等…いやむしろ俺なんかより全然モテちゃう会社の有望株。次期社長候補にも名前が上がっているなんて噂も聞いた事がある、三島先輩だ。
ヤマダって俺と澄晴以外にもココに知り合い居たの?っつーか手止めてまで話すような間柄ってまさか…。
思わず打ち付けていた舌の音が、誰にも聞こえていない事を願う。こんな余裕無さそうな俺、絶対格好悪りぃじゃん。
友人関係だって恋愛だって、常に俺が優位に立つ関係性を築き上げてきた。なのにヤマダが他の奴の前で大人しくしているだけで、こんなにも気に食わない。不快でたまらない。
程なくして彼らは2人揃って俺の視界から消えていった。薄気味悪い笑顔を絶やさない三島先輩に肩を抱かれ、俺には見せた試しもないしおらしさでヤマダは彼に従い歩き出す。
ほんの一瞬オフィスを見渡したヤマダは、誰かを探しているようだった。それも直ぐに先輩に阻まれてしまえば、俺の所までヤマダの視線が届く事は無かったのだけれど。
お前は誰を見つけたかったの。澄晴?それとも…俺だったりする?先輩がどんな人か教えてほしい〜的なやつかな。
だったら教えてやるよ。三島先輩って、俺が言えた事じゃ無いけど相当遊び人だし態度も結構酷いらしいよ。先輩から流れてきた女抱いた時にさ、泣きながらよく聞かされてた。
なあ、先輩に惚れてんの?辞めた方がいいんじゃね?
テレパシーなんて使えないのに、ヤマダに向けて必死に訴えた。それでも届きそうに無いから、まあその…よく無いとは思ったけど、2人の後を追うことにしたんだ。
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