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3-山田

人の私物にあまり文句を付けんのは良くねぇ。 受け取ったそれを遠慮なく涙で湿らせていると、突然ビクっと安藤の肩が跳ねた。どうやらスマホにお呼びがかかったらしい。 裏に取り付けられているリングを少しだけ摘んで、最強に嫌そうな顔してやがる。 『おいお前!何処にいんだよ!いつまでサボってんだ!!』 「あーん煩い。声でけー」 スピーカーにしてんのかと思った。結構離れてんのに丸聞こえ。相手、相当怒ってんじゃね? 「暖房暑すぎて頭くらくらしてさー、ちょっと外で休んでた。便所行って戻るー」 『〜〜?!!!ーー!……〜?!』 「じゃねー」 絶対最後はもう少しなんか言った方がよかっただろ、わかんねぇけど。 もはや何言ってるかも聞き取れないガチギレ状態で電話してきたのは、恐らく安藤の仕事仲間だ。 「はぁ〜〜〜…」 空に向かって声付きの長いため息を吐くと、安藤はもう一度立ち上がった。今度は手すりに腕をかけずに。 柄にもなく心配そうな顔して俺を見上げてきやがったから、これみよがしにロゴ部分狙って鼻水を拭ってやった。…ちょっと痛い。 「ちょっちお呼びかかっちまったんだけどさ、まだ辛そう?」 「舐めんな。絶好調だバカヤロウ」 「そーかそーか。…ま、匂いも落ち着いてるし平気か」 一段、もう一段と、安藤が近くなる。さっきみてぇな失敗はもう繰り返さない。 幸いバニラの香水が邪魔したお陰で、安藤の化物フェロモンは身を潜めてくれたようだ。変に身構えたせいで心臓はドクドク言っているが、それ以外の身体の不調は感じられない。…よかった。今なら多分、少しくらい近付いても問題なさそう。 「ぁ…安藤っ」 「ん?」 俺を通り過ぎたシャツを引く。いつもは「俺がα様だ」って具合に胸張って歩いている癖に、妙に前屈みだ。変なの。 「俺…龍樹だから……。山田って多過ぎてだりぃから名前で呼べ」 真っ黒の瞳は、太陽を取り込みながら俺を映してキラキラと揺れる。その中に居る俺は、なんだか照れているように見えた。…んな訳ねぇのに。 「あと、さ…ありがとう。すげぇ助かった」 これ以上照れた俺と顔を合わせ続けるのは恥ずかしくて、つい目を逸らす。だが、俯きかけたそこで見えたのは、安藤の………。 「龍樹かー…じゃ、これから“りゅう”って呼ぶな。じゃーな」 あまりの衝撃に、右手は即座に安藤から避難した。だってしょうがないだろ…見えてしまったんだから。 ベルトに締められた中で窮屈そうにスラックスを押し上げる、安藤のそれが。 「あー…あんまビビんなって。別にりゅうの事変な目で見てるとかじゃねーから大丈夫だよ」 困ったような、恥ずかしがっているようなちぐはぐな笑顔を向けて安藤は扉の向こうへと消える。 便所行く…っつってたっけ、そういえば。 そっか、そうだよな……どんなに涼しいツラしてても、安藤だってαなんだ。俺の匂いに、反応するんだ。 残りの仕事を片す為、一足遅れてドアノブに手を掛けると、そこはぐっしょりと汗で濡れていた。

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