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4-山田

「でさ、急に震え出してマジ死にかけたんだよ。…パパはそうなった事ない?」 「うーん…無いなぁ。力になってあげれなくてごめんね?」 「ううん、全然。何だったんだろ…ヒートはこないだ来たばっかなのに」 あれ以降、特に身体に異変を感じる事はなく無事に仕事を終えて帰宅した。ちょうど夕飯を待っていたパパに事情を話すも、共感を得る事は出来ず終いだ。 俺のパパは昔、風俗店で働いていたらしい。番を持つΩで、俺を産んだ母親。その番である父さんは、キッチンで料理を作っている最中だ。 パパが作れるのはたこ焼きとスイーツくらいだから、それ以外のメニューは父さんの担当だった。 「玲、龍樹。暇なら箸とグラスくらい並べろ」 「ごめんって健太く〜ん。…へへ、怒られちゃったね」 父さんはいかにも堅物そうなのに、当時、系列店も含めた中でのNo. 1指名率だったというパパを手に入れてしまうなんて相当不思議なαだ。 弟と一緒に馴れ初めを聞いた事もあったが、恩人だの奇跡だのとか言ってイチャつき始めるからちょっと怖くなって直ぐに諦めた。仲が良いのはいい事だけど、50近い大人が息子の前でイチャイチャすんなって思う。 そんな弟は、幼馴染の朱里(あかり)という女の子ともう何年も付き合っている。朱里はβで、弟の玄樹はα。この世界では別に珍しくもない組み合わせだ。むしろαがΩと好んで番になる事自体、そう簡単に起きる事じゃない。大体が遊ばれて終わりとか、たとえ妊娠しても認知すらしてもらえない、そんな世界。 色んなαを見てきたパパなら、もしかしたら俺みたいになった経験もあるんじゃないかって期待したんだけどな…。 「龍樹、さっきの他の誰かに話したりした?」 「パパが初めてだよ。あとで玄樹と父さんにも聞こうかと思ってたけど」 パパの瞳は影を宿す。暫くの無言の後、いつもの笑顔に戻って、そして。 「… 辞めたほうがいいかも。健太君には俺から聞いてみるよ」 「本当?何かわかったら教えてよ!絶対だよ!」 「おっけーおっけー♡」 席を立ち、キッチンへ向かうパパの背中と、フライパンを操る父さんの背中はいつだってお似合いだ。 2人は運命の番って訳じゃないと言っていたが、運命なんかより運命らしい絵になる夫婦だと思っている。俺も本当は、許されるなら、パパみたいにちゃんと恋愛して、父さんみたいな一途にΩを大事に出来るαと番になってみたい。 「げーん!そろそろメシー!」 「…兄貴うるさい。聞こえてる」 愛想は無ぇけど可愛い弟の玄樹は、すでにシャワーを終えて濡れた髪のまま席に着く。 兄弟間で強く衝動が出る可能性は少ないとされているが、もしもの時を思って常にα用の抑制剤を服用してくれている兄想いの優しい弟。 βが存在しない家庭にしては、かなり恵まれた環境だと思ってる。だから俺は、今まで壊れずに強くあれた。 そしてこれからも、そうでありたい。

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