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4-Vanilla.

作るまでは健太君の仕事。そして片付けるのは俺の仕事だった。一緒に暮らして20年と少し、守り続けている約束事だ。 「健太君、さっきの話聞こえた?」 「あー…急にヒートが何とかって?換気扇で全部は聞こえなかったけど」 「うん、それそれ」 皿を洗う間、彼は隣で様子を伺いながら電子タバコを吸っている。 いつまでも心配性な俺の旦那さんは、ここで皿を割った事なんて2、3度しか無いのに常に目を離さずにいてくれるんだ。見方によっては束縛気質。俺にとっては世界で一番頼もしい。 「健太君も、運命の番とは会った事無いんだよね」 「多分。…普通はそうそう会えるもんじゃ無いだろ、この広い地球でたった一人なんて」 「まあ、まず有り得ないよねー」 考えている事は、俺も健太君も同じか。 俺たちの子供なのだから、そりゃ運は強いだろうと思っていたけれど。 まさかこんなにも身近に、就職先でばったり遭遇なんて事があるとはね。 「だから俺は働かせるの反対したのに」 「それじゃいつまで経っても龍樹が成長出来ないじゃんっ」 初めて出来た子だったから特に、俺も健太君も龍樹を甘やかしすぎた。お陰で俺達とは沢山話すのに、学校ではそういう訳にもいかなかったらしい。 玄樹が言うには、相当同級生からも恨まれていたようで。 「痛い目見ろ、とかじゃないけどさ…同じΩとして、もう少し色んなものに目を向けて欲しいと思ったんだよ」 健太君は俺の頭に左手を置いて、呆れたみたいに煙の混じった溜息を吐く。 そこには俺とお揃いのリングが今もずっと輝いていて。 「玲の気持ちもわかるよ。でも、龍樹はあんたみたいに器用じゃ無い。相手のαだってもし自分の意思に関係なく噛んじまった時、それこそ後で痛い目見るかもしれないんだ」 「…それは経験者のありがたいお言葉かな?」 「………掘り返すなよ」 今では夢だったのかと思える程の壮絶な過去を、俺たちは経験し、共に乗り越えてきた。 だからこそ、命より大切な宝物に対してどうしても過保護になってしまう。辛い思いはさせたくないと、先回りして守ろうとしてしまう。 でも、龍樹だってもう大人だから。あの子は俺なんかよりずっとずっと強いから、きっと大丈夫。 「っへへ。まあ人生は、想像もつかない出来事があるから楽しいんだって」 「いいですね、その楽天的な思考。俺にも分けてくれよ」 「健太君は真面目すぎるからね〜」 ──そんな会話が繰り広げられているとはつゆ知らず、彼らの息子は自身に起きた異変の正体を知る術もなく、洗濯機にハンカチを放り込んでいた。

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