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4-澄晴

流石に人が居る今日は、来碧さんと少し距離を取っている。まさか突然昨夜並みの大暴走が始まるとも思えないが、彼は絶賛ヒート中である。症状が落ち着いているとはいえ、俺の匂いをすぐ隣で感じるのは都合が悪いだろう。 というわけで、俺と安藤が隣同士、向かいに来碧さんが座る形で“安藤の相談に乗ってやる会”はスタートしたのだった。 「で、俺が居ない間に何があったんだ」 「その前に澄晴に一つだけ文句を言わせろ」 「え、急に…?」 安藤は大きな皿に盛り付けられたサラダをよそいながらこちらを睨む。俺なら確実にこぼして来碧さんに溜め息を吐かれるだろうに、やはり安藤は手先が器用だ。 「お前、何でりゅうがΩだって事俺に教えてくれなかったんだよ」 「りゅう誰だよ」 「ヤマダだよ!」 そんな当たり前みたいに言われても知るわけ無いだろ!…と、思わず返しそうになったのをグッと飲み込む。大事なのは、今はそこでは無いから。 「…どう考えても会社の人間に言うべき事じゃ無いだろ。逆にどうして安藤は知ってるんだよ」 あんなαの巣窟で、ただでさえ危険なのにわざわざ他のαに教えてやろうなどと思う訳がない。しかも安藤は俺と違って番が居ないのだ。 近付かない方が良いとアドバイスするのが精一杯だったのに。どうして安藤がそれを知っている。 ……まさか薬を拾ったアイツが関係しているのか? 「俺の前で急にヒート起こしかけたんだ」 「なっ……」 「とりあえず、あった事話すよ。まず、りゅうが抑制剤落っことして三島先輩が拾ったってのは澄晴も知ってんだよな」 「あ…うん。そこに俺も居たから……」 安藤は、俺の居なかったほんの数時間に起きた信じられない出来事をぽつり、ぽつりと話し始めた。 時折俺の表情を伺いながら、たまに来碧さんに「コレ美味いです」って笑顔を向けながら。 安藤の教えてくれた事にも勿論驚いたが、それ以上にびっくりしたのは来碧さんの表情だ。固く唇を結んだまま、一切食べ物に手を付けず安藤の話に聞き入っていた。 こんな顔今までに見た事が無いくらい、ずっと険しい。 「りゅうも相当アホなんだけどさ、三島先輩の件は未遂に終わったから良かったんだ。 ずっとわからなくてな…りゅうが急に発情した理由」 「確かに、この先仕事中に同じような事があったら危険だよな…。山田さんがヒートになったのは、ついこの間の話なんだし」 俺達の会話を黙って聞いていた来碧さんは、そこで初めて口を開く。 「基本的には、ヒートの時期は大体決まっています。多少の誤差はあれど、ひと月に何度もやって来る事はあり得ない」 「そう、すよね……やっぱ気のせいだったとか?」 安藤が嘘を言っているようには思えなくて、だけど俺にも山田さんに起きた事の理解は難しくて。 ただ1人だけが、俯いたまま拳を強く握り締めていた。 「何事にも例外は存在します。 例えば、そうですね…安藤さんが……そのΩと“運命”だった、とか」 空気は静かに、凍り始める。

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