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4-澄晴
「どうしたんだよ…急に」
来碧さんは強い。今だって、震えているわけでもなければ泣きそうな顔をしているわけでもないのに。
無理をさせていたんじゃないかって、俺ばっかりが泣きそうで。
「ご飯、すごい美味しかったよ。車も動かしてくれてありがとう。…大好きだよ」
「変なヤツ」
傍にいるから。
もう、運命なんかのせいで来碧さんが苦しまなくていいように、俺がきっと守るから。どんなに頼りなくても、どんなに格好悪くても、せめてこの世界でたった一人あなただけは、不安にはさせないからね。
声に出すかを悩んで、結局辞めて、彼の頸にキスを落とす。少し擽ったそうに肩をすくめた来碧さんは、俺に体重を預けてくれた。温かくて、心地よい。誰よりも愛おしい、大好きな匂い。
──煙草を持ってベランダへ出る来碧さんを見送り、並んだ皿を片付けた。5分もしないうちに戻って来た来碧さんはさっきよりも少しだけ、フェロモンが濃くなっている。
あらゆる薬を知っている、来碧さんだからできる事。眠る前に効力が切れそうなそれに、彼の計算高さがよく出ている。
「あとで澄晴にも、同じ薬を渡しておくよ」
「え…俺にも?」
「安藤さんまでぶっ飛んだら、あとは本当にお前が頼りだろ。…運命ってのを甘く見ない方が良い」
「……うん」
番を持ってもなお切れなかった強固な鎖だ。
どちらも番を結んでいないあの2人のこの先が、いばらの道になってしまうであろう事は何となく予想がついてしまった。
山田さんは番を欲しているのだろうか。安藤の事をどう思っているのだろう。
…叶うなら、安藤にも山田さんにも幸せになってほしい。運命に引っ張られるだけじゃなく、心の底から恋愛して、残りの人生全てを捧げられると思えるだけの相手を見つけて欲しい。
「そうだ、お前にもう一つ聞きたい事がある」
「ん?どうしたの?」
来碧さんは、口元に指を当ててそう言った。考え込むような、というか、既に何か思い当たっているかのような、そんな面持ちで。
「さっきの話に出て来た…三島って言ったな。その男の事を聞かせてくれ。少し気になる事がある」
「え…それって──」
薬が切れる瞬間まで、俺が知っている限りの三島先輩の情報を来碧さんに教えた。俺たちと大して歳が変わらないながらも、彼が時期社長候補とまで言われている事。噂に過ぎないが、会社の上部と何らかの繋がりを持っているという事。
女性遊びが激しいって事も一応伝えてはみたが、「イイトコ勤めの奴なんてそんなもんだ、リア充の勝ち組ヤローめ」と呟くだけで興味も示してもらえなかった。
俺はそんなには…遊んでなかったし……この人、俺も同じ職場だってわかって言っているんだろうか。
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