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5-山田
初めて気持ちを自覚した。全部、辻褄が合った。
俺は今まで恋なんてした事がない。だから、安藤を意識した途端こうしてフェロモンが抑えられなくなったんじゃないかって。
でも安藤は番を作る気すら無い。
今も、本当はΩの俺と一緒に居るなんて絶対嫌だろうに、指まで噛んで我慢して、俺の頼みを聞いてくれている。
…嫌われてんのに、俺は何してんだろう。
「本当ごめん。…ちょっとは落ち着いた」
「謝んなくていーって。仕方ねー事だろ」
午後の始業を知らせる音楽が、扉の向こうから僅かに漏れる。俺みてぇな奴の為に、コイツ遅刻までしてんのに。
その“仕方ねー”って何に対して?
俺がお前ばっかりに反応するから?俺の気持ち、気付いてんの?それとも…俺がΩだから?
「落ち着いたなら先に仕事戻ったら」
「え…安藤は行かねぇのかよ」
「すぐ戻るよ。いいからりゅうは先に行けって」
腕を引いてここまで連れてこられてから、たったの一度も目が合わない。振り向いてももらえない。
そんなの嫌だ。寂しいよ、安藤…。
「やだ…俺もここに居る」
「あのなぁお前…この前俺が勃っててビビってたろ。もう言うけどさ、今あれとは比べ物になんねーくらいになってんの。お前他人のオナニー見てーか」
「ぅえ、あ……」
やっと俺の方を向いてくれた安藤は、真っ赤に充血した目を潤ませ、頬を火照らせていた。
頬だけじゃない。緩まったネクタイの結び目から覗く首元も、この季節に少しも似合わない量の汗をかいて辛そうだ。
そんな状態で、俺を襲わずに居てくれた。
下唇は歯の形に痕が付いている。きっと痛いくらい噛んでいたんだろう。
沢山迷惑をかけた。沢山優しくしてくれた安藤。
だけど、今俺が扉を開けたら、もう二度と話す事すら許してもらえない気がした。だから俺は──。
「怖く、ない…。いっぱいお前に世話になったし、さ……俺お前のために何かしたい…っ。
お前がソレ…独りでな、慰めるっていうなら……俺が…手伝う」
どうせ最後だ。
だったらもう、何だっていいだろ。
人のとか、身内以外見た事ない。
勿論触ったことも。
でも安藤なら…俺のフェロモンで興奮した、好きな人の……なら。
「さっきからさ、強がんなくていいって。そんな軽々しく言うもんじゃねーよ」
「本気だよ…っ、だって俺安藤の事──」
「わーったよ」
……ほら。
お前、気付いてんじゃねぇか。
わかってて、最後まで言わせてくれなかった。
もうお前に迷惑掛けたりしない。
これ以上世話にならねぇように頑張るし、頼ったりしないよ。縋り付いて、そばにいてとか…言わない。
友達って思ってくれてありがとな。
Ωだって知らなかった時の話だと思うけど。
でも嬉しかったんだ。
お前が声をかけてくれて、助けてくれて、俺に反応してくれて…。
「……ゴム付けっから、ちょい待って。下手なフェラじゃ俺イけねーから」
「っ、あ……わか、た…」
ポケットから取り出された小さな袋が、これから始まる行為を連想させ、息が詰まる。
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