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5-澄晴

午後のスタートに30分ほど遅刻しておきながら、隣でキーボードを叩く男の顔はとんでも無く憂鬱そうだ。 勿論、俺には構っている時間の余裕などないのだが。 お陰でまた資料室までお得意先のデータを取りに行かなきゃならない。安藤のPCの何処かにはあるであろう情報も、この状態の彼では最悪消去するなんて盛大なミスを犯しかねない。 オフィスをあとにし、ポケットから資料室の鍵を取り出したその時だ。スーツの裾をツンと引かれ、振り返る。そこには普段の生意気…じゃなくて、元気の良い面影など微塵も感じられない山田さんが立っていた。 ……気配、無さすぎだろ。すぐ後ろに居るのに全く気が付かなかった。 「こんにちは…あの、どうかされましたか……?」 「あのさ、これ…安藤に渡してくれねぇか」 突き出されたのは小さな紙袋。小物が一つ入れば良いくらいのサイズ感だ。テープが貼られていて中は見えない。 「えっと…俺でいいんですか?安藤呼んできま──」 「呼ぶな!」 「……え?」 元々顔色は良くなくて、もしかしたら体調でも悪いのかと気になっていた。だが、山田さんは“安藤”というワードを出した途端目の色を変える。 また、何というか…えらい事になりそうな予感がプンプンする。冗談が通じないのは自覚しているが、だからと言って勘まで鈍いわけではないから。 「……わかりました。渡しておきます」 「ん。頼んだ。…もう、安藤とは話す事ないと思うからさ」 そう言うと、山田さんは半身ほどもある大きなゴミ袋を引き摺りながら去っていった。その背中があまりにも寂しくて、こちらまで胸が痛む。 まったく、あのお調子者は一体彼に何をしたのか。つい昨日、仕事も休んで寝ていた来碧さんに無理をさせてまで家に上がりこんで来た奴が。 山田さんと運命なのだと納得し、スッキリしたとまで言っていた奴が、どうしたというのだ。 書類を取りに行くのはやめだ。 山田さんから預かったこれを渡すついでに、色々と聞く必要もありそうだしな。様子を伺いながら、やはり仕事は本人に任せるべきだろう。 分厚いファイルではなく小さな袋だけを持ち帰れば、相変わらず隣の席で項垂れている同僚。 仕事仲間として、というよりは友人として…だな。彼の目の前に袋を置いて顔を覗き込んだ。 どこまでもらしくない。 山田さんにも劣らない程、今にも泣きそうな顔をしていた。

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