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5-澄晴
「安藤。これ、預かってきた……山田さんからだよ」
「………ん」
むくりと頭を上げた安藤は、充血した目を擦る。
まさかこの男の泣き腫らした顔を見る事になるとは思わず、次の言葉は見つからなかった。
一方的に、安藤ばかりが悪いと決めつけていたが…そういう訳でもないのだろうか。
「…あいつ、何か言ってた?」
「え…あー、もう安藤と話す事はないって……」
「そか。…ならいーや」
いや全然よくないだろ。明らかによくない顔しているじゃないか。
何がどうなってお前も山田さんも揃って凹んでいるんだ。
…と、詰問したくなる感情を一旦抑え、深く息を吸い込んだ。
感情的になるのは簡単だが、それでは第三者として状況を見極めるのが難しい。俺は決してどちらかの味方になり、やいやいと騒ぎたいわけではないのだ。
「山田さんと何があったんだ」
「……別に」
“別に”何もないのなら、彼も俺を使わないだろうに。初めこそ警戒していたが、今では俺なんかよりよっぽど楽しそうに安藤と話しているではないか。
と、なると残る選択肢は…。
「出したのか、手」
「…出し切っては無い」
「ちょっと出ちゃってるじゃないか」
先程吸い込んだ空気以上のものを吐き出せば、机上のプリントが数枚散らばった。俺には運命という繋がりがいかほどのものなのか、具体的にはわからない。来碧さんが酷く苦しんでいた様子は鮮明に思い出せるが、こればかりは自ら経験していない以上何とも言えないのだ。
安藤は強力な抑制剤を託されていた筈だ。それすらも超えるフェロモンだったのなら、それはもう誰にも止められないんじゃないか。
「そんなに理性…とかで抑えられないものなのか…?」
「いや…違う」
だが、安藤の答えは俺の予想しているものとは大きく異なった。
「俺の意思で襲った。喉まで突っ込んでフェラさせて、ケツに指突っ込んだら流石に逃げたよ」
「………は?」
俺が声を荒げなかったのは奇跡なのかもしれない。もう少し元気が有り余っていたら、今頃デスクを叩いて立ち上がり、大勢の視線を釘付けにしていた事だろう。
それだけ衝撃的だったのだ。
あの安藤が、と思ってしまうのだから、多分俺は無意識にこの男を憎たらしくも尊敬していたらしい。
恋人が途切れた事は稀で、遊び相手においては常に数人を上手く操っている彼だ。安藤から別れを切り出した女性も、彼を嫌ったり避けたりする事は無い。相当器用じゃない限り、というか少なくとも俺には確実に不可能な人間関係を簡単に築いてきた男だったのだ。
そんなお前が、どうして……。
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