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5-安藤
泣くとかだせー。何してんだろ、俺。
立ち上がって、仕事終わらせて、澄晴に迷惑かけてんだから、さっさと帰らせてやんねーと。自販機で澄晴の好きなジュース買ってやって、来碧ちゃんの分もいいよっつって、やっぱり安藤は流石だなって言わせて、笑って、そんで……。
「安藤…最近本当に、らしくないぞ」
「なあ澄晴…俺らしいって、なに」
大事にしていた。大事にしている。上手くやっている。過去の恋人も、今の友人も。それが出来るのが“俺”なのだとしたら、今ここで泣き崩れている男は一体何者だと言うのだろう。
何もかも思い通りにいかない。そばにいたいのに、突き放す。手放したのに、手に入れたくて…抱きしめたくて。
りゅうの笑顔を思い出しては心が震えている。
「早く俺から離れなきゃ、りゅうはもっともっと苦しい思いをするんだ。…早く俺の事なんか忘れて、いい相手……見つけねーと」
嘘だ。離れてほしくない…忘れないで欲しい。だから、あんなに酷い事をした。
一生消えないくらいの大きなトラウマを植え付けて、一生番なんて作れない精神状態にして、俺に縋るしかないような、最後の最後は仕方ないから俺で諦めてくれる、そんな君であって欲しいなんて考えてしまう愚かな自分がいる。
この想いの正体は何なんだろう。
今までの人生で抱いてきた恋心とは何もかもが違った。
りゅうを放って置けない、独り占めしたいとまで思ってしまうこの感情すらも運命の番に対する本能的な働きなのか。…もう、わからない。
「……ごめん。俺全然お前の事わかってなかった。
あんまりにも器用すぎるから…つい忘れてた。安藤も俺と同じαで、でもその前に人間なんだよな」
「澄晴……っ、」
澄晴は俺の隣に膝をつき、目線を同じにして微笑んだ。いつもはこんな事思わないのに、何でだろう……澄晴がとても頼もしく思えた。
「俺ね、一度来碧さんからの申し出を断ったんだ。来碧さんには俺よりもっといい人がいるって」
俺の手の中のメッセージカードを眺め、アイロンをかけられたハンカチと見比べて、ぼそりと呟く。
「好きな人だから幸せになって欲しかったんだ。苦しんで欲しくなかった。……安藤も恋愛で悩んだりするんだな」
「……は?いや好きとか恋愛とか…それはお前らの話だろ。俺のは本能に持ってかれてるだけで──」
「本当にそうなのか?」
澄晴の落ち着き払った態度と鋭く突き刺さるような問いかけに、とうとう言い返す言葉を失った。
これが本当の恋愛感情なのだとしたら、俺は今まで何を基準に愛だの恋だのを語っていたんだ。本能から来るものでは無いのだとしたら、こんなに重くて歪んだ気持ち……俺は知らない。
「もう少し、よく考えてみたらどうだろう。ゆっくりでいいから、山田さんへの気持ち」
「……そう、だな。カッコわりーもん見せて悪かった。残りは明日何とかするから、もうお前帰れよ。これ以上は申し訳ねーし」
不安そうに何度も振り返る澄晴を強引にオフィスから追い出すと、もう一度だけ、りゅうの手書きのメッセージカードを見つめた。
意識してみれば、友達という単語は多分……別の意味でも目を逸らしていた。
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