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6-安藤
それから、毎日が怖いほど平和に過ぎていった。1ヶ月、2ヶ月と時が流れるうちに、ジャケット無しでは肌寒かった空気も、太陽の光を帯びて暖かく流れていく。
それはつまり、りゅうに“その時”が迫っている合図でもあった。
澄晴とは、あの日の翌日から普通に話している。たまに俺の仕事を手伝ってくれて、俺も暇を見つけてはちょっかいをかけている、今まで通りの日々だ。りゅうに出会う前と、何も変わらない日常。
りゅうの姿も毎日見ている。俺の知っているりゅうなんて微かなものかもしれないが、それでも簡単に仕事を投げ出すような奴ではないという事くらいは知っていたから想定内だ。
何度もアイツが掃除をしている横を通るし、すぐ側をすれ違うこともあった。だが、りゅうの視線は感じないし俺もわざわざ声をかけたりはしない。ただの清掃員とリーマンに戻っただけの話。
はじめは意識して目を逸らしていたというのに、ここまで時間が経ってしまうと気にも留めなくなるもので。
考えろと澄晴に言われたものの、どうすれば良いか答えを出せないまま俺の気持ちは落ち着いてしまったのだ。おそらくりゅうの方も同じだろう。
あんなに手放すのが惜しくて、この俺が人前で泣きっ面まで見せたと言うのに、あの日家に帰ってもう一度泣いてからは、涙なんて欠伸以外では1ミリも流していない。
その程度でしかなかったのだ。きっと、俺の脳が勝手に考えていつの間にか出ていた結論がこれだった。そう思えば、胸の痛みは日に日に軽減された。
りゅうと話さなくなって1ヶ月が過ぎた頃には、彼と出会ってから何となく連絡を取らなくなっていた複数の女と再び連絡を取り始め、仕事終わりに荷物だけ家に置いてホテルで夜を明かす事も珍しくは無くなっていた。ただ、当然のように始まる行為の中でどうしてもりゅうの顔が思い浮かんだ。苦しそうに、何度もえづきながら自らの意思で俺のを咥えるあの顔が。ハンカチを返したかっただけなのに犯されたりゅうの、色っぽく火照った肌が。
…ま、男相手に盛った記憶なんか今までねーんだからそう簡単に忘れられないのは当然と言えば当然なのかもしれない。
「…っし。澄晴、キリついたから何か買って来るけどお前も飲む?」
「えっと…じゃあミルクティー……お金あとでいいか?」
「は?いーよいーよそんくらい。俺そこまでケチじゃねーし」
「そ、そうか…悪い。ありがとう…」
「ん!」
最近頻繁に会うようになった子からプレゼントされたブルーライトカット眼鏡を外し、席を立つ。すると、澄晴は何故か手を止めてこちらをじっと見つめていた。先程の会話はPCに夢中で目なんか一度も合っていなかったのに、だ。
「…どした?」
「いや、その……今日少し山田さんの様子がおかしくて…。安藤もちょっと、気にして見ていて欲しいんだ」
俺達の中で多分どちらも意識して出してこなかった話題を急に持ちかけられ、微妙な空気が双方の間に流れる。
「……おう」
何を懸念しているのか言いたい事がわかるくらいには、俺もりゅうの“アレ”の周期を把握している事が…少し悔しかった。
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