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6-澄晴
同僚の話が終わるよりも早く、安藤は自身を邪魔する椅子を跳ね除けて駆け出した。
「安藤、おい!」
そんな呼びかけ、今のアイツに届く筈がない。そうわかっていても、呼ばずにはいられなかった。
本当に後悔しないのか、その選択で。ついさっき関わらないと宣言したにも関わらず、衝動的に行動してしまっていいのか。そんな思いが、捨てきれなくて。
即座に俺も席を立ち、池田との目くばせののち安藤を追いかけた。山田さんというよりは、ひたすらに不安定なまま揺れている安藤の事が心配で。
彼らが居るトイレに辿り着けば、一足先に乗り込んでいた安藤は今にも殴りかかりそうな顔で三島を睨んでいる。どうやら個室に鍵をかけるまでは至っていないようで、山田さん、三島、それから三島の取り巻きのような連中の顔は全て確認する事が出来た。
山田さんの方はというと…そろそろ本格的にヤバそうだ。早くあのαの群れから引き離さないと。
「君らもコイツのヒーロー気取りが抜けないようだね」
「…うるせーよ」
三島はふんと鼻を鳴らし、嘲笑うようにそう言ってのけた。
ただ、やはり安藤は賢かったようだ。感情的になり、一方的にあそこへ攻め込んだとしても自らと同じα性が多数を占めるのでは武が悪すぎると理解している。
それに、山田さんに下手に接触しては彼のヒートを誘発しかねない。
勿論暴走気味ではあるのだが、冷静さを失わない安藤は流石だ。
「安藤、来碧さんから貰った薬はまだあるか?」
「…おー」
俺の耳打ちに応えるように、彼は小さな声で呟くと右のポケットをくしゃりと握って見せた。
よかった。これなら多分、何とかなりそうだ。
安藤の気持ちがまだ山田さんにある事と、俺の…いや、俺と“あの人”の覚悟が重なれば、きっとこの場を乗り切れる。
「今からこの3人で乗り込んで、山田さんを無理にでも引っ張り出そう。そうしたら……安藤に山田さんを任せても良いか?」
「………わかった。任せてほしい」
俺達の会話を後ろで聞いていた池田も、こくりと頷いた。それが合図だ。
俺達は壁にもたれかかる青い顔の山田さん目がけて一斉に走り出した。他のαが対抗してくるのは想定内だ。そして、三島がその光景を黙って見ている事も。
ボスとリーダーの違いとでも言うべきか。たった一人傍観しながら歩兵を操るボスと、俺達の前で身体を張り大切な人の救出に向かうリーダー。
安藤が後者であったから、俺はいつか彼を許し、信頼を置けるようになったのだ。安藤が格好良い男だということは、もうよくわかっている。
「りゅう…!」
たった一言だ。彼の名前を呼ぶだけ。
その中に、安藤の悲痛な思いが全て詰まっていた。とても、関わりを断つなどと言っていた男の声色ではなかった。
「安藤、これを!」
俺は持っていた資料室の鍵を渡し、山田さんの腕を引いて走り出す安藤を見送ったのだった。そして──。
「三島さん。僕は…あなたと話をしたかったんです」
覚悟を、俺も証明してみせる。
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