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6-澄晴

俺が話し始めてすぐの頃は三島に加担していた取り巻き達も、何も言い返さない三島を見て悟ったようだった。肝が据わっていて、知らぬ存ぜぬを通して見せれば挽回の余地はあっただろうに…残念だ。 「三島さんの恥を晒しかねないこの出世の秘密を更に多くの人に暴露されたくなかったら、金輪際山田さんに近寄るのは辞めてください。…勿論、僕や安藤を含めた営業課に何らかの圧力をかける事も許しません」 換気扇がごうごうと鳴り響くその場所に、俺の声だけが響く。はじめから三島をαと信じ切っていた彼の周りの人間は、どう思っているだろう。 そもそも大多数のαが人に従う事を嫌うというのに、まさか次期社長とまで言われ、服従してきた男の正体がβなのだと知ったら。 ここで三島を表立って味方してくれる者は、誰一人いなかった。所詮αばかりが集まる企業などその程度の人間関係だ。互いを利用し合うだけの、我が強い自称エリートの溜まり場。 この世の虚しさを物語っていた。俺はやっぱり、この世界の在り方が正しいとは思えない。 「この約束事を破らないと誓うのなら、僕達もあなたの秘密を一切口外しないと誓います。ここに居る全員が証人です。そして生産管理の皆さんは、一度でも三島さんを尊敬した事があるのなら…僕達と共にこの秘密を守ってください。βやΩへの態度を改めてください」 彼らは今後、深く考える時間が必要になるだろう。その結果、βごときに騙されたと思うのか、性別の垣根を超えて三島との関係を続けていくのか。 典型的なα的思考を持つ者の考えは俺にはわからない。だが、この中のたった一人でも三島を受け入れるαがいればと思う。 それが俺の、“来碧さんの配偶者”としての望みだ。 誰一人言葉が出てこない重い空気を断ち切ったのは、ずっと踞っていた三島だった。 「…っ、どうしてこんな事をしたんだ。どこからそんな情報を……」 掠れた弱々しい声色は、ついさっきまでの三島とは随分かけ離れている。おかしいな、もっとスッキリすると思っていたのに。実際この光景を目にしてしまうと、どうにも可哀想に思えて仕方がない。 人を憎むのは良くないというのがよくわかった。恨みは晴れても、気持ちは晴れない。厚くて重い灰色の雲で覆われている。 「あなたは社長に拾われた。でも生まれた男の子はもう一人居ます。彼はΩでした。 ……僕の番の旧姓も“三島”です」 もし、息子として可愛がられたのが来碧さんの方だったら。もし、βとして生まれたのが来碧さんの方だったら。 あの冬の晩に出会えた奇跡は無かったのだろう。 俺が彼と結ばれる事は無かっただろう。 だが、彼があれほど壮絶な人生を歩んで来なくとも済んだだろう。 ただ、皆が平等に、平和に過ごしたいだけなのに。どうして差別は起きてしまうのだろう。 安全圏から嘆いているだけでは何も変わらないとわかっていても、やるせなくて、不甲斐なくて。 これ以上は余計な感情が邪魔をしてしまうと察した俺は、隣で呆然と立ち尽くしている池田の腕を引き立ち去ったのだった。そして、恐らく安藤達が逃げ込んだであろう資料室へと向かう。

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