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6-山田
いつもの感じならあと3日くらいは持つ予定だった。でも、朝から身体が重い自覚はあって。
危ない事はわかっていたけど、家族にバレないよう寝起きに抑制剤を飲んで誤魔化したんだ。
前回のヒートもこの場所で起きて、偶然居合わせたのが綾木じゃなかったらとっくに俺の人生は終わってた。それなのに、またバカな事を繰り返している。
話せなくても、愛されなくても、安藤の姿を少しでも見ていたくて。
抑制剤を服用する所を他の誰かに見られたらいけない。その思いで逃げ込んだトイレだったのに、突如現れたゴミ島率いるα集団が俺を囲ったのだ。
この数ヶ月、何も無かったから安心していた。平和ボケってこの事だ。綾木と安藤だけじゃなく、三島も俺がΩだと知っている。三島は俺の事を忘れたんじゃなく、この時期になるのを待っていただけなんだ。
終わったと思った。その場には三島以外にもαが数人いる上に、俺は丸腰状態。助けてと叫んだところで駆けつける奴もどうせα。逃げ道など何処にも無い。
…ここに居たら、ヒートが始まるのも時間の問題だ。αのフェロモンを全身に浴び、普通でい続けられるわけがない。薬を飲める隙もありはしないのだから。
もう何も見えなかった。未来は絶望しか無い。
そう思い、抵抗を辞めたその時──。
「りゅう!!」
「っ、え…」
よく知った声が響き渡った。構造のせいもあるのだろう。反響して、すぐそばで聴こえているような気がした。
どんなに見ないふりをしても、どんなに避けても嫌いになれなかった、彼の声。
「安藤…なん、で」
絞り出した俺の声は涙を堪えて震えている。いつ衝動が起きるかわからない不安、いつ周りのαが俺の匂いに反応するかわからない怯え。
そして、光を失っていた心が僅かな希望を取り戻す瞬間、身震いせずにはいられなかった。
安藤に続いて駆けつけたのは二人のα。
一人は綾木、そしてもう一人は…ついさっき手を洗っていた男だ。こいつ、安藤達と仲良かったのか。よかった。よかった……もしかして俺、まだ未来を諦めなくて済むのかな。
三人は、こちらには聞こえない程小さな声で耳打ちし合うと、一斉に走り出した。俺は個室に連れ込まれ、鍵を掛けられてしまわぬよう必死に抵抗をした。まあ、そうなった所で扉を蹴破るつもりではあったのだが。
彼らは勢いのまま俺を引っ張り、たった一人だけに託して三島達の前に立ちはだかった。
それから先の事は知らない。俺はいつかのように安藤に手を引かれ、見覚えのある扉の向こうへ転がり込む。
どくん、と心臓が弾けそうなくらい大きな音を出し、急激に全身が熱を帯び始めた。
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