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6-山田

安藤が、俺の運命……?にわかには信じられない言葉を、安藤は震えながら俺に投げつけた。 「だ、から…早く目ぇ覚せって……な?」 一瞬怯んだ隙を安藤は見逃さない。肩を押され、密着していた身体はわずかに離れる。 「お前が俺を…好き、なのも……俺がお前を…好きなのも、全部そう仕組まれてるから…なんだって」 言葉も出ない俺に、安藤は立て続けに言葉を並べた。その中に、俺の信じられない事がもう一つ…。 安藤も、俺のことを好き…?そんなの知らない。聞いた事、ない。今まで俺はお前に嫌われてるって、そう思っていたのに。嘘みたいな話だ。 「…あんど、それ本当に……?」 息を吸うたび唇を噛んで苦しそうにする安藤は、何も言わず首を動かすだけで精一杯らしい。だが、確かにその動きは否定ではなく肯定を示すものだった。 なんだ。そうか…そうだったのか。 なら話は早いじゃないか。どうして安藤は俺を噛んでくれないの?俺も好き、安藤も好き。おまけに運命の番でもあるなんて、そんなの選択は一つしか無いだろう。 「だから…こそ、俺は……っ噛みたくない」 「な…んで、だよ……だって俺達運命なんだろ?だったら──」 「お前は!…りゅうは、もっと……ちゃんと恋愛して…幸せになんなきゃ、ダメだ……」 まるで俺がαのフェロモンだけに惹きつけられたとでも決めつける安藤に、言いたい文句は山ほどある。 俺の安藤に抱く想いが、ちゃんとした恋愛じゃない保証なんか何処にもないだろ。 酷いよ、安藤。 俺は、俺はずっと、ただお前が好きなだけなんだ。 うまくいかないし、辛いし、見てないふりをして、気づかないふりをしても消えない気持ちは、恋じゃないのか。 痛くて痒くて苦しい心まで、本能に操られてるっていうのかよ。んな訳ねぇじゃん。 「安藤の…その、気持ちが本能のせいだとしても……俺は違う…っ。俺は本当にお前の事、ずっと…ずっと……っ」 涙はとめどなく溢れ、“運命のα”により誘発されたフェロモンは室内を十分すぎるほど満たしていく。時折唸り、物欲しそうに頸に目をやる安藤が白旗を上げるまであと少し。 安藤の襟を掴み、そのまま後ろに倒れた。俺を押し倒すような体勢になった安藤の目は、もう殆ど据わっている。 あぁ…きっと、この勝負は俺の勝ちだ。 安藤は本能による錯覚とはいえ、俺のことを好いてくれているんだ……今だけは。それで、いい。 「あ、んッ…ぅ」 汗を滲ませた顔が近づき、首筋を舐め上げる。何処から出たのかもわからない甘ったるい声が、脳に響いたその時だった。 ────ダッダッダ… 1人ではない足音が、こちらへ迫ってくる。誰だ、社員?さっきのゴミ島達…?それとも…。 「っ、りゅ…だいじょ、ぶ……だから…。俺が…守る、から……っ」 声だけじゃなく、全身を震わせた安藤が力なく囁く。顔も上げず、目も合わせずに。 その声を取り込む鼓膜までもが性感帯に成り果てたみたいに擽ったくて、息を詰めた。 安藤の我慢強さは、どんどん俺を苦しめていく。

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