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6-山田

「安藤!山田さん!大丈夫か」 ドンと大きな音をたて、蹴破る勢いで扉を開けた男の正体は綾木だった。後ろには先程のもう1人もついている。 足を踏み入れた瞬間状況を察した綾木は眉間に皺を寄せ、口元を覆いながら俺たちの元へと迫って、そして──。 「安藤ッ!お前がついていながら…どうなってるんだよ。来碧さんから貰った薬、飲ませてないのか!」 「ぐ、ぁ…」 俺の上に跨る安藤を力ずくで剥がし、聞いたことも無いほど声を荒げた。床に背中を打ちつけた安藤は小さく唸るばかりで、何も言い返そうとはしない。 「池田、安藤を連れて行ってくれ。お前までラットになる前に、早く…」 「お、おう……」 違うんだ。綾木、そうじゃない。 安藤は俺を襲おうとしてこうなったんじゃないよ。俺なんだ。悪いのは全部…俺。 安藤は最後まで抵抗していた。俺がどんなに縋っても、俺の……俺のためにって我慢して。だから…っ。 「山田さん大丈夫ですか。僕の事、わかりますか?!」 違う。全部違うんだってば……安藤を悪者にしないで。最初から最後まで、安藤はいつも俺に優しかったんだ。安藤のせいじゃないんだ。 αなんてクソ喰らえってずっとずっと思ってた。αが暴走して、被害者の筈の俺達Ωが悪いって周りに言われて、それが納得いかなくて。 だからわかるんだ。今俺が声を上げなきゃ、ちゃんと言わなきゃ、助けようとしてくれた安藤が可哀想だ。俺は被害者なんかじゃない。俺は、安藤に噛んで欲しいって…そう思っただけで。 「いやだ…ぁんどう、安藤行かないで!俺お前がいいっ、安藤!!」 「山田さん落ち着いて。気持ちはわかりますが今は薬を飲んで──」 「わからない!!お前なんかにわからない!!離せ…飲みたくない、離せッ俺は、俺は安藤に…っ」 どんなに暴れても、綾木はビクともしなかった。ヘコヘコしてくる癖に、こんな時だけ卑怯だ。本気出したら俺のが強いって、割とマジで思ってたのに。 「飲みたくないなら無理矢理にでも飲ませます」 俺を片手で制したまま安藤が持っていたのと同じ抑制剤を取り出すと、綾木は自らの歯で半分に割り、俺の口の中へ落とした。まさかキスされんじゃねぇかって驚いた拍子に出来た歯と歯の隙間に、簡単に。 唇を当てないでくれたのは、番や俺に向けたお前の優しさなのかな。 割れた錠剤を直に舌へ乗せられ、独特の苦味から反射的に唾液量が増える。それを飲み込めば、同時に口内に広がる苦味も消えた。 悔しいよ。守るって、さっきの言葉も忘れたのかよバカ安藤。 相手が誰だろうと、俺とお前を離れ離れにする奴から守って欲しかった。安藤だけの俺になりたかった。一緒に、居たかった。 「あんどっ、じゃな…なきゃ、嫌だよぉ……っ」 「……少し、休みましょうか。帰りは僕が送りますから」 泣き疲れて落ち着くまで、綾木はそこにいてくれた。安藤だったらずっと隣に居てくれたのかもしれないけど、古い資料を整理したりシュレッダーを永遠に回している辺りがやっぱり綾木だなって、ちょっと安心した。

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