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8-山田

ようやく迎えた日曜日。金曜までは信じらんねぇくらい長かった一日一日が、安藤と会えると決まった途端急に進むのが早くなった。心の準備してるうちに夜が明けちまってんだから救いようがねぇ。 早く安藤に会いたい。会って、ちゃんと言うんだ。 最後に会った時はそれどころじゃなかったから、改めて顔を見て伝えたい。迷惑かけてごめんと、ありがとう。それから──。 「パパ、俺もう準備できたよ。安藤の住所ここなんだけど…」 「ん~?どこど、こ……」 「?」 その時、パパは何故か息を詰めた。近くは無いけど遠くも無くて、少し先には行き慣れたショッピングモールもある。流石に長い間ここで暮らしていて、知らないって事は無いと思うんだけど。 「なんかあった?」 「ううん…何にもないよ。いこっか♡」 無いと言い切られればこちらから更に踏み込むなんて無理だ。どうしてだろう。パパは凄く優しいし、楽しいし何だって相談できるのに、これ以上はダメだって壁みたいなのを作る瞬間がある。笑っている筈なのに、オーラが変わる。だから俺は、多分一生パパに勝てる日が来ない。 …勝つ気も無けりゃ不満がある訳でもねぇからいいんだけどね、別に。 まだ仕事から帰って来ていない父さんに連絡し、パパは大きめの鞄を持って腰を上げる。 息子を人の家に送るだけとは思えない大荷物にツッコミを入れたいが、さっきの今だ。どうせ適当にいなされて終わりだろう。 車内で流れる大人しめなジャズミュージックは、静かな空間を心地よく包んでくれた。 「帰る時、またパパに連絡すればいい?多分メシっつってたし2時間とかだと思うけど」 「ん〜?うん」 適当だなぁマジで。 まあ恐らく、空いた2時間で岩盤浴とかエステとか予定でも詰めてんだろ。あのデカバッグだし。 薄着になったり露出がある場所へ行くのは父さんがいい顔しないから、こうして俺を送るという名目があるのはもしかしたらパパ的にも都合が良いのかもしれない。 側から見るとちょっと重すぎる父さんだけど、心の底からΩを想う番のαなら、そういう考えになるのもわからなくはない。なんたって、俺は既にαという性別にはとても太刀打ち出来やしないって事をよく知っている。あの綾木にも力で負けていたのだから。 「ここだね。部屋が…203なら、目の前の棟を上がって左に曲がると見えるよ」 「え?パパなんか詳しいね」 「俺の事はいーのっ。ほい、荷物コレ♡」 「へ?!」 そう言って渡されたのは、先程不思議に思ったパパの大荷物だ。訳もわからず中を見れば、そこには仕事用の制服が綺麗に畳んで詰められている。 「安藤君?も同じ職場なんでしょ〜?なら、明日は仲良く出社しちゃいなよっ!」 「え?えちょ、パパ?」 グイグイと俺を車から押し出すと、ちゃっかりドアロックまでかけやがった。これ以上文句は受け付けませんって態度だ。 ……あーもう。久しぶりに会うってだけでも緊張するのに…しかも泊めてくださいって……流石に…。 こ、断られたら近くのネカフェでも探そう…! パパに言われた棟を目がけ、一目散に駆け出した。

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