62 / 71
8-山田
「急にびびった。全然いいけど部屋そんな広くねーよ?」
「それは…全然、平気」
突然の頼みにも簡単に頷いてくれる辺り、相当こういう状況に慣れてんだなって。恥ずかしさとか、朝まで一緒に過ごせる喜びは確かにある筈なのに、それと同じくらい悔しさが込み上げて言葉がうまく出てこない。
彼女とか…この家で過ごしたんだろうな。二人きりで、ソファに隣同士座ったりして。
「りゅうー、どうせ家に居るなら出前でも頼む?」
「……」
そういう時って、ちょうど放送しているテレビを見るのかな。それともお互いのお勧めの映画を借りてきて、ここが面白いんだよって話しながらのんびり過ごすのかな。今は明るいけど、真剣に見るとなるとやっぱり電気は暗くする?テレビの後ろが赤や緑にうっすら光っているのは、もしかしたら暗くなった時めちゃくちゃムードが出るやつじゃないだろうか。
そういう雰囲気に持って行って、いざ……とか、あったんだろうか。
「りゅーうーさぁーーん。聞いてる?」
「ふえ?!あ、えっ何?!」
妄想ばかりが膨らむ俺の頭は、作画も適当な女を安藤の横に座らせ、好き放題イチャつかせた挙句勝手に凹んで。現実世界の安藤に呼ばれている事なんて全然気が付かなかった。
「だーから、メシどーするよ。何か頼む?嫌なら出てもいいけど」
「は?おま、誕生日でもないのに出前とか贅沢かよ」
「いやいや今どき記念日にしかデリバリーしない若者いる?」
「え?」
「え?」
え?にえ?で返された。
だって出前って言ったらアレだろ、俺の胴体くらいあるデカい桶に詰められた寿司とか、蓋開けたら他のおかずは何も置けなくなるくらいテーブル占拠しやがるピザとかそういうのだろ。もしかして安藤のヤツ、一人じゃ食べきれないってんで俺が居るのをいい事に普段手が出ない食べ物を頼みまくる気じゃあるまいな。
「…りゅう何か勘違いしてる?ハンバーガー1個から宅配してくれる時代よ?」
「マジで?!」
嘘だろ。知らんかった。
うちではいつも父さんが…あ、稀にパパの時もあるけど、毎日食卓には手作りを置いてくれていたから。誕生日であったり、クリスマスや両親の結婚記念日なんかは特別感をこれでもかってくらい出す為に出前を頼んでいた。
まさかデリバリーサービスがここまで進化していたとは。
「一人暮らしの独身アラサー男はね、コレ無いと生きていけねーの」
「アラサーって待って安藤お前今いくつだよ」
「今年26よ」
「5個も上じゃねーか!」
「りゅうまだ21なん?!ガキ……じゃなくて、わけーな!!」
「お前今ガキっつったろガキっつったな、ぁあ゛?!」
ようやく緊張が和らいで来た途端にこれだ。可愛げが無いのは自覚済み。だが、安藤は素直になれない俺を太陽が輝く蒼空のような温かさで受け止めてくれる。
やっぱり俺は、安藤が好きだ。大好きだ。
ともだちにシェアしよう!

