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第33話※

 理月は言葉を失い、殴られたように目の前が真っ暗になった。コーヒーカップを持つ手が震え、加奈子に動揺がバレないように両手でカップを持つが、それでも小刻みに手が震えた。  (将星の……子供?)  無意識に加奈子のお腹に視線がいく。 「まだ、四ヶ月に入ったところだからお腹は全然目立たないけど」  そう言って、優しくお腹を撫でた。 将星と再会したのはちょうど四カ月前だ。お腹の子が将星の子ではないとは否定できない。 「あなた、そんなに将ちゃんの事好きじゃないんでしょ? だったら、将ちゃんを返してほしいの」  自分が将星を好きではないと、彼女は何を基準にして言っているのか。 「私のが絶対将ちゃんを愛してる。この気持ちは絶対にあなたに負けない自信がある」 「そんなの……!」  なぜ分かる、そう言葉を続けたかったが、彼女は意志の強い真っ直ぐな眼差しを理月に向けていた。堪らず理月はその眼差しに、言葉を詰まらせた。 「子供に父親が必要なのは分かるでしょ? 妊娠した事は私から告げるけど、将ちゃんは優しいからきっとあなたに別れ話を切り出す事ができないと思うの。だから、あなたから別れを切り出してくれないかしら?」  その後、加奈子との会話はよく覚えておらず、気付いたら自分の部屋にいた。  将星との子供……本当なのだろうか。だとしたら、自分が身を引くべきなのだろう。  (将星と別れる……べきなのだろうな……)  自分は番になる事を拒み、ましてや将星との子を望んではいない。加奈子の言う通り、おそらく加奈子の方が将星を思う気持ちは強いかもしれない。そして間違いなく、子供にとっても母親となる加奈子にとっても将星の存在は必要になる。  機械的に体は買ってきた食材を冷蔵庫に入れ、溜まっていた洗濯物を洗濯機に放り込み、それが終わるとソファに腰を下ろしタバコに火を点けた。一口大きく吸い込み、少しずつ煙を吐いた。いつも吸っているタバコなのに、味が違うように感じて酷く不味い。すぐにタバコを消すと、徐にクローゼット開け将星の衣服で作られている巣材の前に座り込んだ。 「将星……」  三年前、最初の巣材であるケルベロスのTシャツが目に入るとそれを掴み、胸の前で抱きしめた。 「将星……! 将、せい……」  瞬間、左手首の噛み跡がじんわりと熱くなった。その熱が少しずつ身体にいき渡ったかのように、全身の体温が上がるのを感じた。体は怠くなり風邪のような症状に襲われる。  (なんでヒートが……予定日まであと二週間もあるのに……)  ヒートは体調や精神的な要因で容易く予定が狂う。それほど理月にとって加奈子の妊娠という事実が、精神的に影響を与えられたという事なのかもしれない。  本当は加奈子の妊娠を受け入れる事ができない。受け入れてしまえばそれは、将星との決別をも受け入れる事になる。  胸が苦しくて痛い、泣きたくなる、考えたくないのにずっと思考が加奈子の妊娠の事ばかり考えてしまう。  生まれて初めて味わった感情だった。  (これに似た思いをした事がある……)  それは三年前、初めて理月がヒートを起こし将星に抱かれそして、将星と番になる事を拒否し別れたあの時の感情に似ている。だが、あの日よりも間違いなくダメージが大きいのは明らかだ。  込み上げる涙をグッと我慢し、抑制剤を飲む為ヨロヨロと立ち上がる。なんとか薬を飲むと、ベッドに倒れ込み枕に顔を埋めた。  その時、携帯からメッセージが届いた事を告げる音がした。 『ヒートきたのか? 早くないか?』  将星からだった。将星の携帯に、パートナーのヒートの予定日やヒートがきた事を知らせるアプリを入れているのを思い出す。  (きっと、これが最後だ……)  理月はきつく目を瞑ると、 『早く来い』  そう一言メッセージを送った。  理月はクローゼットの奥にある巣の中で、将星の服に埋もれながら将星が来るのを待つ。二時間後、将星は合鍵で部屋に入って来るのが分かった。足音は迷う事なくクローゼットに向かって来ると、クローゼットが開け放たれた。将星の服に埋もれた理月を見つけると、抱き起こし子供を抱っこするように理月を抱えた。理月は将星にギュッとしがみつき、本物の将星の匂いを嗅いだ。冷静に見える将星だったが、呼吸は荒く既に中心が張り詰めていた。 「仕事は……?」 「早退した」  将星はそっと理月をベッドに下ろし、笑みを浮かべている。 「パートナーがヒートなんだ、早退するのは当然だろ」  まるでその事が誇らしいかのように将星は言った。  この様子だと、加奈子はまだ将星に妊娠を告げてはいないようだ。将星に今その事を告げたら、どうするのだろうか。産んで欲しいと思うのか、それとも子を堕ろすことを望むのだろうか──。そんな事は絶対にあってはならない。身勝手な事情で小さな命を消すなど、言語道断だ。  将星はベッドの横にある引き出しに手を伸ばすと、プロテクターを取り出し理月の首に装着した。 「早くしろよ……」 「分かってる」  そう言って将星は理月に合わせるキスをすると、そのまま深いものに変わっていった。  丁寧な愛撫に理月はいつも焦らされている様に思い、もどかしさを感じる。まるで大切な宝物を扱うような将星の愛撫に、いつも気恥ずかしくなる。だが今日はそれが酷く物悲しい。最後だと思っているからなのか──。今更ながら将星の自分に対する思いを感じ取ってしまった為か、こんな気持ちで抱かれたくはないのに、それでもヒートの発情は治まる事はない。これがオメガなのだろう。感情など関係ない、子を孕め、子を生せ、そう言われている様で悔しさが込み上げてきた。  将星だってヒート起こしたオメガを前に、冷静ではいられないはずだ。それでも将星は、自分を傷付けないよう優しく丁寧に触れてくる。 「理月……いいか?」  自分の張り詰めたものを、理月の後孔に当てるとそう言った。  そんな許可などいらない、早く挿れて欲しくて理月の後ろは疼く。 「いいから……! 早く、挿れろ……!」  将星の首に腕を巻き付け、先を促した。  瞬間、熱の塊のような将星のものが一気に入ってきた。 「あぁっ……!」  先程まで優しい愛撫だなどと思っていたのに、挿れた瞬間、奥まで届いてしまった。 「辛いか……? でも、もう抑えがきかねえ……」  フーッと大きく一つ息を吐いた将星は、 「悪い、理月……」  そう言って更に突き上げた。 「あっ! あっ……激し……しょ、せ……!」  繋がったまま理月を抱き上げると、あぐらをかいた自分の膝の上に理月を乗せ、理月の腰を掴むと理月の体ごと激しく揺らし始めた。 「うあ……ぁ! あぁ! あ、あ……!」  理月の頭は真っ白になり、苦しさと快感の狭間を行き来しながら達した。  その後も何度も精を吐き出し続けた理月の中心からは、水のような液体しか出なくなっていた。  (気持ち良過ぎて、頭……馬鹿になる……)  こんな快感を知ってしまい、将星なしでこの先生きていけるのか不安に駆られる。薄れていく意識の中で、抱かれるべきではなかったと、理月は後悔したのだった。

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