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【SIDE:M】

 その日の俺は、ちょっと虫の居所が悪かった。    せっかく満員電車を我慢して出社したのに、会社に着くなり、三枝から「支社長が陽性になった」と告げられ、退社を命じられた。  支社長自身も症状はほとんどないらしいし、俺を含めた秘書室のメンバーは、濃厚接触者の定義にすら当てはまらない。  それでも念には念をと言われ、五日間は在宅勤務することになって、俺は完全に不貞腐れていた。  でも在宅なら佐藤くんが一緒だからいっか〜……なんて思えるようにもなっていたのに、いざ帰宅してみたら、エアコンが壊れていた。  しかもまるで狙ったように今日は季節外れの夏日で、とにかく部屋の中全部が暑くてたたでさえ仕事に集中できずにいたのに、仕事の電話は鳴り止まないし、視界の中にはずっと佐藤くんがいるし、それなのにチューどころかまともに言葉を交わすことすらできないしで、きっと、気が立っていたんだと思う。  大好きな佐藤くんが近くにいるのに触ってもらえなくて、俺は寂しくて寂しくて仕方なかったのに、佐藤くんは平気そうな顔をしていた。  ……かと思ったら、ようやく一息ついていたところに「なんで名前で呼んでくれないんですか!」なんて突っかかって来て、だからつい「は?」なんて音が漏れてしまった。  佐藤くんの眉毛がひくついたのを見てやばいとは思ったけど、覆水盆に返らずで、出てしまったものはもうしょうがないし、この時の「は?」は仕事モードだった脳内のスイッチがうまく切り替わる前にプライベートをぶっ込まれたからつい出ただけで、「は? なにくだらないこと言ってんだよ」なんて意図は、もちろんなかった。  それなのに、佐藤くんが「はああああぁぁ……」とか、これ見よがしなため息をつくもんだから、俺はつい思ってしまったんだ。  イラァッ……って。

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