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【SIDE:L *2】
「お疲れ様でした!」
「おう、お疲れさん。気をつけてな」
外に出ると、冷たい空気が頬にぶつかってきた。
どうやら、季節外れの夏日は空気を読んで身を引いてくれたらしく、すっかり時期相応の気温が戻ってきている。
たぶん気温はそこまで低くないんだろうけれど、暖かさに慣れていた身体には、じっくりと染み込んでくる冷たさだ。
理人さんは、人一倍寒がりだ。
あったかくしているだろうか。
着替えるのが面倒だからってパンツ一丁でうろうろしてたりしないよな……?
ちゃんと、食事は摂っただろうか。
また『うなぎのタレ』ぶっかけご飯をおかわりしまくってたりしないだろうか。
他の人なら笑い飛ばせば済むことでも、前科だらけの理人さんだ。
心配事ばかりが、次から次へと浮かんできてしまう。
急に不安になってきて、俺は慌ててスマホを取り出した。
すると、手の中で、ブルルッ……と震える。
画面に表示された通知を見て、思わず落っことしてしまいそうになった。
光っていた丸いアイコンは、昔ながらのクリームソーダ。
「月……?」
届いていたのは、一枚の写真だった。
四角い夜空の右上で、丸い月が白く光っている。
満月に見えるけれど、よく見ると僅かに欠けている。
空を見上げると、写真と同じ群青色の上に、同じ形の月があった。
荒んでいた心の中に、温かいものがじんわりと広がっていく。
良かった。
大丈夫だ。
俺たちは、まだ同じ空を見ている。
**
「ただいま!」
全速力で飛び込んだ家の中は、真っ暗だった。
「理人さん……?」
呼びかけても、返事はない。
それどころか、光のない空間からは物音ひとつ聞こえてこない。
どこかに出かけているんだろうか?
でも、見下ろした先には、きちんと揃えられたスニーカーがある。
それに、強制ではないにしろ、自宅待機中の理人さんが家を出るとは思えない。
まさか、どこかで泣いてる……?
昨夜見下ろした寝顔も、涙に濡れていた。
暗闇の中、一人で震える背中を想像したら、目蓋の裏がかあっと熱くなる。
俺は、急いで靴を脱ぎ捨てた。
キッチン。
トイレ。
お風呂。
寝室。
明かりを灯しながら順番に回っても、理人さんはどこにもいない。
スマホにも、新たな通知は届かない。
早く、見つけ出してあげなきゃいけないのに。
早く、抱きしめてあげなきゃいけないのに。
どこにいるんですか、理人さん。
『今どこですか?』
素早く指を動かし、丸い月の写真の下に新しいメッセージを追加するーーと。
ピヨピヨピヨ。
俺の背後で、ひよこが鳴いた。
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