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第5話

「薪を取ってこなくても、魔法で炎を出せばいいだろう。イオナドの北の麓に住んでいるのなら、魔法くらい使えるはずだ」  その一言に、幸せな気分に浸っていたクロウは、さっと顔を曇らせた。  急に現実に戻されたような心地だ。  ――呪われた出来損ない。  頭の中に、声が響いた。  そう言われる原因となった黒髪をぎゅっと掴み、クロウはゆるゆるとかぶりを振った。 「……使えないんです。魔法」  クロウがそう言うと、バラウルは驚いた声を上げた。 「なんだと? だがさっき治癒魔法を使っていたではないか」 「僕にできるのは、簡単な治癒魔法だけです。火や水といっただれでも出せる魔法が、僕には使えません」  だから、日常生活も困難だった。生きることが、つらかった。  バラウルにもがっかりされるだろうか。傍に置くと言ってもらえたのに、なんの役にも立たないと知られてしまった。  今さら追い出されたりはしないだろうか。  そう考えた途端、また激しい頭痛に襲われた。  クロウがうっと顔をしかめると、バラウルの大きな指がやさしくクロウを引き寄せて、広げた羽の内側へとすっぽりと収めた。そしてまた、ぼっと炎の玉を空中に灯す。 「これで寒くはないだろう。薪もいらない」 「え……?」  一体どういう意味だろう。なぜバラウルがこんなことをするのか、クロウにはわからなかった。疑問を顔に貼りつけて彼を見つめると、なんでもないことのように彼は言った。 「おまえは治癒魔法が得意で、おまえの周りにいた人間はそれ以外が得意なだけだ。俺だって、治癒魔法は使えない。そもそも、この世界には魔法が使えない人間のほうが多い。むしろ火や水に比べて治癒魔法は希少で、その力を必要とする人間はたくさんいるだろうな」 「そう、なんですか……?」  村の外には魔法が使えない人間がいるのは知っていたが、魔法が使えないのは恥だと思って生きてきた。虐げられるのは仕方ないとも。外の人間がどんな生活をしているかなんて、考えたこともなかった。  ――僕のこの魔法を求めてくれる人がいる……? 「ああ。何をそんなに卑屈になっているのかは知らんが、おまえはもう少し外の世界を見るべきだ。世界は広いぞ」  ふんっと鼻を鳴らし、バラウルはクロウの持っていた鞄を指差す。 「腹が減っているのだろう? 早く食事にしたらどうだ」  炎の玉を操り、クロウが触れやすいようにと、それを地面に置く。 「ありがとうございます」  じわりと、涙腺を涙が押し上げる。堪えようと思ったのに、その努力も虚しく、クロウははらはらと涙を零した。 「またおまえは……、なぜ泣くんだ」  おろおろとバラウルが視線を彷徨わせた。それを見て、クロウは少し笑った。今は人間の姿ではないのに、バラウルはわかりやすい。 「そんなふうに言ってもらえたのは初めてです。僕を必要としてくれる人がいるなんて信じられませんが、バラウル様が言うのならきっとそうなんでしょうね」 「嘘をつく必要がどこにある」 「バラウル様はおやさしいので、僕を慰めるために言ってくださっているかもしれないでしょう?」  クロウが言うと、「馬鹿馬鹿しい」とバラウルはそっぽを向いてしまった。怒らせただろうかと一瞬不安になったが、漂う雰囲気はやわらかく、照れているだけなのかもしれないとクロウはまた笑った。  ――そうか。僕はもう、村の外のことを考えてもいいんだ。  そう思うと、胸のつかえがひとつ取れた心地がした。  バラウルが用意してくれた炎に鞄から取り出した手鍋をくべ、水筒の水を注ぎ入れ、湯が沸いたらハーブと干し肉を投入する。あとは茹るのを待ち、塩で味つけすれば終わりだ。 「……僕、本当にバラウル様のお役に立てるでしょうか」  ゆらゆらと揺れる炎を見ながら、クロウはふいに胸にあった言葉を口にした。  炎も熾してもらい、寒くないようにと風よけになってもらっている。これではクロウのほうが世話をされる側だ。卑屈になるなと言われたが、性分はなかなか直りそうにない。気を抜けばすぐに後ろ向きなことを考えてしまう。胸のつかえはひとつだけではなく、何個もあった。 「俺は役に立てなどとは言っていないが」 「ですが、このままでは……」  お荷物が増えるだけだ。バラウルひとりなら、炎を出したり余計な魔力を使うこともなかっただろうに、クロウがいるせいで消費させているのは間違いない。  自分の都合でついて来たのはいいが、迷惑になることは考えてもいなかった。 「……役に立ってはいるだろう。一応おまえには傷を治してもらった恩もあるしな」  クロウが落ち込んでいるのを察したのか、バラウルが慰めのように言った。 「たったそれだけです」 「それだけということはないと思うが」 「僕にとって、あれくらいは息をするのと変わりません」  頑なに、クロウはバラウルの言葉を受け入れようとはしなかった。あのくらいの傷を治せても、無意味なことを知っているからだ。  父も母も、クロウの力では救えなかった。死んだ者を蘇らせるくらいの力があれば誇れたかもしれないが、そこまで強い力はクロウにはない。 「だったら、この炎も俺にとっては息をするのと変わらない」  両親を思い出し、沈みかけていたクロウに、バラウルが言った。そしてそれが本当であることを示すかのように、もっと多くの炎の玉を出したかと思うと、それらをぐるぐると躍らせてみせた。 「すごい……!」  そしてそのひとつを真っ暗な夜空に向かって飛ばす。炎の玉はひゅるるる、と音を鳴らしながら見えなくなり、やがて色とりどりの火花を散らしながら、ドンッと弾け、空気を揺らした。その振動が、クロウにも伝わってきた。  パラパラと火花の名残が落ちてくるのを見上げたまま、クロウは手を叩いた。 「すごい、すごいです、バラウル様! 流れ星よりもずっと綺麗!」 「これは花火というものらしい。昔、ここよりもっと東にある国の人間たちが祭のときに上げているのを見たことがある。それを真似してみたんだが、気に入ったか?」 「もちろんです!」  はしゃぐクロウを見つめて、バラウルがふっと笑う。 「これが、俺にとっての〝息をする〟だ」  一瞬、理解できずに首を傾げそうになる。だが、先程自分が言ったことだと思い至り、クロウはまた泣きそうになった。 「やっぱり、バラウル様はおやさしいですね」 「泣いている子どもをあやすのは、人間のあいだでは普通のことなのだろう?」 「だから、僕は子どもじゃありませんってば」  むっとして言い返すと、途端にバラウルが人間の姿になり、クロウの隣に腰かけた。 「いい匂いだ」  煮立ってきたスープに鼻を近づけ、言う。 「バラウル様も召し上がりますか?」  食事は必要ない、と言っていたが、食べられないわけではなさそうだ。クロウが皿によそって差し出すと、バラウルはそれを受け取り、一口飲んだ。そして驚きに目を見開いたかと思うと、つぶやく。 「うまいな」 「お口に合ってよかったです」

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