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第4話
従僕に案内され、リオたちは通用口の右手にあった狭い客間に通された。女が袋を受け取ると、礼儀作法がないのか、袋の口をすぐに解いて中の金貨がぎっしりとあるのを数えている。
従僕は女に耳打ちして、いつもの男娼でないのはどうしてかを小声で訊いた。
「ええ、ええ。今回はこのリオがお相手いたします。ジオスをお呼び立てていただいておりますが、今晩はいつもと違う夜をおたのしみできるようにこの子にいたしました。ええ、初物でして、お好きなようにかわいがっていただければいいんですよ」
「左様ですか。では、旦那さまにそのようにお伝えいたします」
「はいはい。では、わたしはこれで……。ああっ! リオ! お屋敷から逃げ出したら承知しないからね! たっぷりとご奉仕するんだよ。そして次の指名も狙うのよ!」
女はこびへつらうような薄い笑みを浮かべたが、現実を思い出して、しつこくリオに念を押して、ふんと鼻を大きく鳴らしてすぐに帰っていった。
バタンと樫木の大扉がつよく閉じ、従僕もでていった。一人突っ立ていると、しばらくたってから年配の男があらわれた。
「このたびは遠方よりお越しくださいまして、ありがとうございます」
深々とおじぎして、リオも合わせて頭を下げた。
老紳士は縦じまの長ズボンに燕尾の上着を身に着け、黒のエナメルの靴をはいた上品な身なりをしている。リオに頭を下げ、その見覚えのある顔にリオの目がとまった。
「なにか……?」
「あっ、いえ……、やけに丁重に扱われるか……なと」
怪訝な顔をされて、急いで目を伏せた。男娼という身分でありながら、受け答えが丁寧すぎると不思議に思った。
「ええ、お相手する方にそうするように仰せつかっております。先ほどは通用口からご案内し、不躾な案内をしてしまい、大変申し訳ございませんでした。最近雇入れたものでして、まだ不慣れなものでしてどうかお許しください」
揉み手をしながら謝る女とちがって、男娼であるリオに頭を下げて詫びる男に、リオは合点がいった。
そうだ、彼はこの家の執事である、エドウィン・リーだ。物腰柔らかで、主人であるローエンに忠実に従えていた。
この屋敷にリオが住むということで、お一人では大変でしょうと勤めていたローエンの父親に辞表届を提出し、数人の使用人を引き連れてこの邸宅に移ってきたのだ。
「地下にバスルームがございます。そちらで身体を清めていただき、寝室へとご案内させていただきます」
言い終わると、エドウィンはくるりとリオに背をむけて歩き出した。どうやらそこまで案内してくれるようだ。
客間をでて左手に曲がると、廊下が長々と続いている。エドウィンは背筋をぴんと伸ばして歩き、そんな姿も変わってないなと思いながら、しずしずとリオは後についていった。
屋敷の中はいくつもの部屋があるが、厨房や寝室、書斎などすべて頭に入っていた。右手に曲がって、螺旋階段を降りていくと地下にはワインセラーとバスルームがあり、やはりその通りに到着した。
「ここで湯浴みをなさってくださいませ。使用人たちが待機しておりますので、なにか必要なものがございましたらお呼びください。それと、身につけている装飾品はすべて外すようお願いいたします」
エドウィンが手を差し出し、そこにのせろと言わんばかりにリオにうながした。ちょっと躊躇したが、湯から上ったあとに返してもらえばいい。そう思って首からチェーンを渡し、エドウィンはリングを受けとると樫の木の扉をひらいた。
脱衣所はひろく、使用人たちに服を脱がせてもらい、リオはバスルームに足を踏み入れた。足元を魔法石が入ったランプが照らし、ひんやりと冷たい。石床を歩き、すぐそばに八角形の形をした風呂が白い湯気がゆらゆらと立てているのが見えた。
むかいに洗い場が並んでいる。浴室は暑く、すでにじっとりと肌に汗が浮かんだ。
……ここも、そのままだ。よくここで汗を流したっけ。
湯は魔力の素となるマナを微量に含んでおり、褐色がかったコーヒー色をしていて、これがけっこう熱い。切り傷にも効くらしく、よくここでローエンと一緒に風呂に入った。
と、とりあえず、身体を洗わないと……。
入り口にあった湯おけを手にとって、足の短い木製の丸椅子に腰かける。蛇口は三つあり、一つはソープ、その隣はシャンプー、そしてお湯と決まっている。
リオはざっと掛け湯をし、頭からかぶって汗と汚れを落とした。蛇口を捻るとほわんとソープがでて、それは真珠のように白く、きめ細かな泡立ちをしていた。透明感のあるアンバーな香りがふわっと香り、リオはあれっと首をかしげた。
……この匂い……、前とちがう……。
リオはくんくんと犬のように匂いを嗅ぐが、まったく知らない香りだった。前はあまくゆったりした感じで、ローエンが気にいっていたものだった。
……好みが変わったの、かな……。
ひやりと冷たいものが背中を走った。ずっとあの香りが好きで、身を包んできたのに……と胸がチクリと刺された気分になった。
いや、十年前だ。そういうことってよくあるはず。
気にしないよう、リオはごしごしと念入りに全身を洗い、シャワーで身体を流した。いまはやるべきことがある。無駄なことは考えずに、目の前のことに集中しようと思った。
背中をすすいで、振り返ると鏡にうつった自分の顔が目に入った。その顔にぎょっとして、リオは石のように固まる。
「こ、これって……」
なんだろう……と思って、二度見した。
同じ顔がこっちを見ている。
そんなはずはないと思いつつ、シャワーを鏡に勢いよくかけて泡を流し落とした。曇ったガラスから、見知らぬ顔がくっきりと映し出され、リオの手が震えた。
「えっ、えっ、ちょっ……この顔って、……お、おれっ……」
ウソだ。と思った。が、どう見ても自分である。
大きなつぶらな瞳も、透き通るような大理石の肌もなに一つそこにはない。
いわゆるフツー。普通よりも地味、というか幸の薄い顔がそこにあった。
鏡にうつった顔に両手をそっと当てる。そしてペタペタと頬をさわった。糸を引いた細い目。鼻の上にはそばかすがのっていて、髪なんて燃えるような赤毛だ。
リオは頬を横にひっぱり、鼻もつまんでみたが鏡のむこうの自分もまったく同じ動きをしている。なんど見ても、これは自分だ。魔法なんかじゃない。
「リオさま、いまお声が……。なにかございましたか?」
エドウィンが心配したように声をかけてきた。振り返ると、曇りガラス越しに立って、いまにも入ってきそうだ。
「だっ、だっ、だいじょうです!」
「失礼がなければ、お身体を洗いましょうか?」
エドウィンのきっぱりとした物言いに、リオの手足がこわばる。
「い、いえ、ひ、必要ありませんっ」
「そうですか。では、終わりましたら、洗浄魔法をかけさせていただきます」
洗浄魔法と聞いて、リオの顔に赤みがさした。お尻を突き出して、魔法をかけると穴の中が清潔になるのだ。じんわりと尻が熱くなって恥ずかしかった記憶がある。
それに以前はローエンが指で愛撫しながら香油を使ってやってくれたが、他の人にされるなんて……。
「リオさま?」
「は、はひっ……だ、だいじょうぶです」
「そうですか。それではごゆっくり」
エドウィンの心配そうな声にあきらかに動揺した声がでたが、誤魔化すようにざぶんと湯船につかった。
「し、し、しゃべり方もへ、へんだ……」
言葉がつかえて、流暢に話せず、声が喉元でつっかえてしまう
「マ、ママ、マーリンがしゃべりかたを変えたってこういうことだったのか……」
「そろそろお上がりください」
「は、はひっ……!」
どうしようと慌てふためいて視線をさまよわせながらも、返事を返してバスルームからでた。
扉を開けると、ずらりと並んで待ち構えていた使用人たちが待っていた。
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