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第10話
一時間ほど馬車に揺られ、リオたちは街の中心部にきた。
十年前とちがって、街の中は活気に満ちて、あらゆる専門店が立ち並んでいたが、そこが自分にとっていかに場違いなところに立っているのだけはわかる。
堂々とそびえ立つ建物は重厚感あるファサードを構えて、壁面には緻密で繊細な装飾がほどこされていた。まさに荘厳さとうつくしさを兼ね備え、この街の顔といってもいいくらいの圧巻にリオは目を丸くした。
天秤をもった女神の像が入り口中央にあり、そこかしこに魔法使いたちが出入り口に交差するようにでていく。
「す、すごい……」
建物には「ロウェンツェ魔法銀行」という看板が掲げられ、その文字にリオの細い目がさらに数ミリにひらいた。
「で、でも。ど、どうして、ぎ、ぎんこう……」
「すまない。さっきほど頭取から急ぎの知らせを使い魔から受け取ってしまってね。申し訳ないが、きみは別室で待っていてくれ。すこしだけ仕事の話をしてくる」
馬車から降りると、ローエンはツカツカと前を歩いていくので、リオはあわててついていく。一応、それらしい服装をしてきたが、エドウィンが選んでくれた服を素直に選んで大正解だった。
「べ、別室か……うん、まってるよ……」
「すぐに終わらせてくるよ。本当はそばについててほしいんだが、しきたりに厳しいところでね。残念だけど、お茶でも飲んでまっててくれないか」
「う、うん……」
ローエンは離れたくないという感じで、リオの手に指を絡めて建物の中へ進んでいく。
つるつるの大理石が敷かれた床に滑りそうになり、ローエンに持ち上げられながら歩いた。吊り下げられた天井には燦然と輝く魔法石のシャンデリアが白い光を放って、色鮮やかな壁にはいくつもの扉があった。中央には錬鉄製の螺旋階段が伸びて、魔法使いらしき顧客たちが大勢いる。
外観もすごいが、内部の様子がこんなにも豪華絢爛とは思わなかったし、初めて足を踏み入れた気がする。というか、存在していたことに驚いた。
リオはきょろきょろと視線を這わせながら歩いていると、奥に小人が到着するのを知っていたかのように待っていた。男のローエンが言づけを伝えると、壁に羅列された番号の下にあった丸ボタンを押した。
「ローエンさま!」
バンッと左手の扉が勢いよく開いて、白い口髭を生やした腹のでた男ががどすどすと荒々しい音を立てて走ってやってきた。男がこっちにむかってくるたびに、グレーのスーツのボタンがはち切れそうになって、さらに膨張効果を高めている。
「これはこれは。ローエングリンさま、おまちしておりました。貴賓室がございますので、どうぞこちらに……。このたびは御行の急な申し出に遠くからおいでいただき、まことにありがとうございます。急を要しておりますので、さっそく商工会ギルドの融資額の確認と、ええと、貿易収支もでき上がっておりますので、ぜひお目を通してください。つきましては……ええと、こちらのかたは……?」
手をもみもみしながら歩く中年男が、はたと後方部にいるリオに気づいた。丸眼鏡をくいくいと上げて、まじまじと自分の顔を見てくる。なんて答えようか言いよどむリオに、ローエンが肩を抱いて自分のほうに引き寄せた。
「パーシヴァル頭取、お元気そうでなによりです。彼は私の親戚筋でして、別室で休ませていただきたい」
「は、はい……。左様でございますか……」
ゴブリンはローエンの真剣な眼差しに怖気づいてしまいそうになったが、すぐに横にいた小人を呼び寄せた。
「きみ、お連れのかたを待合室に案内してくれ。なにごとも失礼のないように、丁重に扱うように」
頭取が重々しい口調で伝えると、小人は額がつくぐらい深く頭を下げ、リオとともに別室に移動し、ローエンたちは螺旋階段を上って二階へとむかっていった。
またあとで、そう耳打ちされて、耳たぶが熱く感じてしまいながらも、リオはくるぶしまで埋まるぐらいふかふかに敷かれた部屋に通された。
★★
「では、こちらの部屋でお待ちくださいませ」
ハーブティーとクッキーをだし、ふかふかのソファーにリオを座るよう促すと、ぺこりとおじぎをして、小人は去っていった。
「この世界の銀行なんて初めてきた……」
街の中心部に、こんなにも立派な銀行があったことに驚いた。それに筋骨隆々のローエンが銀行で難しそうな話をしていることにさらにびっくりする。
…‥‥ローエンが銀行になんて。
騎士道一徹みたいな男だったのに、金融にまで手をひろげているなんて、信じられない。剣が一本あればいいといっていたのに‥‥…。
これからどこにいくんだろう。外出っていつもは散歩とか、海にいったりしただけなのに……。十年前は神殿か、軍の基地、それかローエンの屋敷の往復だったので、街に行くなんて指輪を買ったときぐらいだ。
……いや、その前に、親戚筋って紹介されたな。
聞き逃したわけではないが、しっかりとそう聞こえた。
「……まあ、複雑だけど。うん、ちょっとうれしいかな」
「ちょっとって、なにがうれしいの?」
ローエンの声が肩越しに、ちょっと怒った感じでかかり、リオの身体が飛び上がった。
「だ、だって、親戚筋だし……」
複雑と思っていたが、実は根に持っていたのかもしれない。
「結婚相手といえば、再婚したと屋敷に入りきらないほどの贈り物が届いて、サロンやパーティーにも顔をだして紹介しなければならないが、それでもいいのかい?」
ローエンは肩をすくめて言った。そうだった。ローエンはいまやただの騎士ではなく、爵位を叙されて伯爵だ。その結婚相手が売春宿の男娼だと知られたら、品位を落としたと国王陛下すら眉をひそめる事態になる。そしてその顔見せに付き合わせられるわけで、それだけでも億劫だ。
「そ、それはいやだ。絶対にやだ……」
ぷるぷると首を横にふると、ローエンは屈んで、リオの手をとり、手の甲に唇をのせて口づけをした。
「冗談だよ。せっかくの外出に待たせて申し訳ない。お詫びに、きみに魔法石をプレゼントしたい」
柔和な笑みを浮かべられ、熱を帯びた瞳に見つめられると弱い。おとぎ話にでてきそうな王子のようなローエンにドキドキが止まらなくなる。
唇が触れたところが熱くて、リオはなにも言えず、そのままローエンとともに部屋をでた。
入り口前ではさきほどの頭取と、小人たちが見送りのためにずらりと並んで、ローエンを見送ろうといまかいまかと緊張しながら待っていた。
「ではでは。またなにかございましたら、すぐに使い魔をお送りいたします」
「ええ。気にせずなんなりとお声がけください」
ローエンが短くそう返して、頭取が深くおじぎすると、小人たち一堂が頭を下げた。一同が列になっておじぎしているというすごい光景だったが、ローエンは窓から軽く会釈しただけで、それ以上の言葉をかけることなく馬車は銀行をあとにした。
「すまないが、このままビヤーキー通りへ行ってくれないか」
その言葉に御者が頷いて、馬車は右手へ曲がる。
「きみに必要な魔法石をたくさん買わなければならないね。魔力もないから、この指輪だけじゃ足りない。もっと身を守るものが必要だ」
「あ、あ、ありがとう。でもこの指輪もなにか魔法がかけられているんだよね?」
さすがに指輪だけで十分だよと言いたかったが、ローエンの迫力に負けて口にだすのは憚られた。
「ああ、邪悪な力を避けてくれる呪文をかけた。人魚の涙は願いを導いてくれるともあるが、どっちにしろ多いほうがいい。石の相性もあるし、いくつか身につけておくに越したことはない」
そうなんだと思って、指輪に視線を落とした。
ローエンは横をむいて車窓を黙って眺めている。この魔法石にそんな力が宿っていることを初めて知った。いいことがある幸運の石なんだろうと思って願いを込めていた。
「お、おれはこの指輪で十分だけどなあ……」
「だめだよ。きみは魔力はないけど、マナはだせるんだ。もっと警戒したほうがいい」
過保護は変わらないなと思いながら、わかったよとだけリオは怒った顔のローエンに返事をした。連なる屋根をいくつも通り過ぎて、馬車は次の目的地に到着した。
看板に目をやると、「ロワジャルダン宝飾店」とあった。
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