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第11話

「ここって……」 「ああ。まえにきたことがあるだろう? その指輪を買った店だよ。亡くなった団長の奥方が開いていて、相変わらず珍しい魔法石や手に入らないものまであるんだ」  ローエンの上司というと、ロワジャルダン騎士団長だろう。  リオ自身、なんどもお世話になったことがある。真面目ながら、ユーモアのある気さくな人で知り合いがローエンだけだった自分によく声をかけてくれた。  奥方もおしゃべり好きで、よくローエンとともに食事に招いて、この世界のいろんな話をしてくれた。ミートボールのトマト煮は最高においしかったし、魔法石についても誕生から進化までをとくと教えてもらって、鉱物への愛は計り知れない。  ローエンが樫の扉を開くと、チリンチリンという音が鳴り立て、呼び鈴を聞きつけて、ふっくらとした女性がすぐにでてきた。  その姿は十年前とさほど変わらず、愛嬌たっぷりの笑顔を浮かべてリオたちを出迎える。  細かいアーチ型の入り口をくぐると、凝った装飾の台座や光沢のあつオーク材で作られた椅子が置かれている。漆喰の壁には絵画が飾られ、なんともいえない居心地のよい空気が流れていた。 「あら、ローエン!」 「マダム・ウィンズ、おひさしぶりです」 「あらあら、そちらのかたは?」  ローエンの背中にすっぽりと隠れていたリオを見て、マダム・ウィンズはにっこりと笑みを返した。おずおずと顔をだすと、あらあらかわいらしい方ねと親戚の子どもが帰ってきたように、ソファーに案内された。 「ローエンに恋人ができたのかしら?」 「あ、あ、えっと……」  いきなりの質問に、売春宿から買われた男娼です……とさすがに言うわけにもいかず、リオは答えにつまった。  隣に腰かけていたローエンがすかさずフォローに入ってくれた。 「ええ、彼は私の恋人です。名前はリオと申します」  腰を抱き寄せられ、はっきりとしたローエンの物言いにリオはぎょっとしてしまう。さっきまでは親戚筋と紹介して、むくれてしまって気を遣ってくれているのだろうか。 「あらあら、恋はすてきなことね。愛されているのがわかるわ」  ローエンの口から恋人という言葉が飛び出しても、マダム・ウィンズは動じることなく、むかいに腰かけた。 「今日はどんなご要望かしら?」 「彼にいくつか相性のいい魔法石を手に入れたくて伺いました。それと、リオ、申し訳ない。私は別室にて書類に目を通さなければならないんだ。気に入ったものを選んでほしいんだ」  ローエンはすまなそうな声を耳元に残して、すくっと立ち上がり、奥に視線を送った。 「いつも使っている書斎を使うといいわ。今日なんて掃除をしたばかりだから、キレイよ」 「ではお借りいたします。では、彼と相性が合う魔法石をお願いいたします。リオ、価格は気にしないでくれ。気に入ったものはなるべく手にするようにしたほうがいい」 「あら、それなら私の店でだいじょうぶ? 一番通りなら一流の店がずらりと並んで、あなたの注文に応えてくれるわ」 「この店は私の御用達ですから、他の店には行きませんよ。紛い物が多い観光客目当ての店ではあてにできませんからね」  ローエンは穏やかな笑みを見せて、ソファーを離れて奥にあるという書斎に消えていった。 「さて、まずはあなたの属性からみてみようかした。魔法石との相性は深く見ていかないと……」 「あ、あの……、お、おれ、魔法回路がないんです。その、魔力がなくて……」 「いやだわ。あなたユーちゃんでしょう?」  えっと驚きの表情でマダム・ウィンズを見ると、ふくよかな顔をにこにこしてリオの手を握った。 「名前は言っちゃダメなのよね。ふふふ、指輪を見ればすぐにわかるわよ。この石はとても貴重な石であなたしか身につけられないものでしょ。まったくローエンったらややこしい言い方をするもんだから、てっきり新しい方かと勘違いするところだったわ」 「あ、あ……、マダム・ウィンズ……」 「だいじょうぶ。ローエンが使い魔をくれてね、事情は一通り把握しているわ。確かにこの国で神の子だと知れたらまずいし、その顔も十分チャーミングよ。そばかすが孫と同じところにあるから、とてもかわいいわ」 「……マダム」  マダム・ウィンズのおっとりとした声がじんわりとリオの胸に染みていく気がした。いろんな思いがこみ上げて、リオの糸目から涙がポロポロと流れ落ちた。 「あらあら、泣かないで。魔法石を選んだら、おいしいクッキーがあるのぜひ食べていってちょうだい」  マダムはぽんぽんと背中を撫でて、落ち着いた声で涙するリオをなだめた。 「は、はい……」 「じゃあ、まずは商品をだそうかしら」  マダム・ウィンズはなにも置かれいないテーブルにむかって杖を一振りした。すると、どさどさっとカタログが重なり合いながら落ちてきた。 「さあさあ。好きな石を選びましょう。欲しいものがあったら言ってちょうだい。そもそも魔法石は樹木の年輪のように魔力を溜めて成長した結晶なの。だから身につけるものを選ぶし、守ろうとする意志も込められているのよ」  琥珀色の目を輝かせながら、マダムはうれしそうにカタログをパラパラと開いて、写真を杖で叩くとポンと品物がでてきた。一つの商品をだすと、次々と杖を叩いてポンポンと軽快な音で魔法石をだす。 「いろいろあって迷うわね。電気石もあるし、魅力を上げるチャロアイトもあるわ。あと、虎目石も捨てがたいわね……。遠くの敵をみつけて、夜中でも襲撃がって、あなたはそんなことしないんだっ たわね。それじゃあ……」  マダムは悩みながら、却下された石を消して、また次のページを開いては杖を叩いて魔法石を取り出した。  リオとしては好きなものといってもたくさんありすぎて、どう要望を伝えればいいのかわからなかった。  散々悩んだ挙句、厳選していくつかに絞ることができた。金額は怖くて聞けなかった。  ホークス・アイと呼ばれる狩人の運気を高める石の指輪に、竜の血が入った赤色の鮮やかな石のブレスレット。  そして黄金を増やすといわれる石のペンダントに、他人を魅惑するというラベンダー色の魔法石はアンクレット。  どれも恐れ多いが、これで十分だろうと満足げな表情でいるマダム・ウィンズから受け取ると返すことなんてできなかった。 ★★  いつのまに陽光は濃いオレンジ色になり、紅茶は飲み切って、部屋は夕刻を示していた。 「やっとね。これで終わったわ。特注の宝石箱に詰め込んでおくわ」 「い、いろいろとありがとうございます」 「どうぞ、ココアでも飲んでちょうだい。さすがに疲れちゃったわね、ひさしぶりのお客に張り切ってしまってごめんなさい」 「い、いえ、すごいたくさんありがとうございます……」  リオは柔らかなクッションのソファーに深く沈みながら、やっと解放されたと思って両手を組んで伸ばす。  マダムはふふっと笑みをこぼしながら、ココアをだしてくれた。チョコレートが練り込んでいるのか、ほろ苦くておいしい。 「そうそう、焼きたてのクッキーもせっかくだから食べてちょうだい」 「は、はい……」  差しだされたクッキーは一口食べると、バターの香りが深くて、ふわっとミルクの香りがする。口の中でほろほろと砕けて、あっというまに食べきってしまいそうになる。 「でも戻ってきてびっくりしたけど、よかったわね。二人ともお似合いだったから。ただ、あなたはそのまま変わらずでびっくりしたわ。まるで二十代の青年のままね」  マダム・ウィンズは悪気なく言ったかもしれないが、そのセリフにリオの顔がくもった。ポリポリと食べながらも、どこか胸の中にモヤモヤとしたものがひろがる。  マダム・ウィンズはそんなリオの心情を察したのか、いい意味でということなのよと詫びて、あわててクッキーの皿にさらにチョコレートの粒をのせた。  リオはミルクチョコレートを一つとって食べると、たっぷりとつまったガナッシュクリームにほっぺたが落ちそうになった。 「は、離れていたとき、ローエンはどうでしたか?」 「あなたがいないローエンはどこか寂しげで、必死だった。彼は荒れ地の戦いで失ったこの国のために財産を投げ打って、この国を支えようと必死になっていたわ。私も夫を前の戦争で亡くしたんだけど、色々と気に掛けてくれてね。ギルド商会の会長に推してくれたのも彼なのよ」 「そうなんですね……」 「だから、余計に気の毒に感じてね。私は夫と長く過ごしたからいいけれど、彼はまだ若いし、まだ先があるし、あなたを忘れまいとしていたけれども、みていてつらかったのもあるわ。それ以上に働き過ぎなのよ。夜遅くに働いているのは彼ぐらいだわ」  すると、上から黒い影が差して、低い声がマダム・ウィンズの声を遮った。 「さすがに、私に新たに妻を娶れというわけにはいかないでしょう」 「あら、ローエン。戻ってきたのね。おかえりなさい」  顔を上げると、ローエンがむすっとした表情で立っていた。どうやら聞かれたくない内容らしい。マダム・ウィンズはいたずらっぽくウインクして笑いかけると、マダム・ウィンズに不満げな眼差しをむけた。 「マダム、個人情報の漏洩はだめですよ」 「あらあら、ごめんなさい。あなたが満足いくような魔法石を十分に用意したわ。でもやっぱりその指輪の石には叶わないかもしれないから、許してちょうだいね」  マダム・ウィンズはそう言って、ほがらかな笑顔をみせて目を細めた。  ★★ 「じゃあ、残りはお屋敷に送っておくわ。届いたら二人で確認してちょうだい」  リオの腕には濃く、紫がかった石が埋め込まれたブレスレットが新しくつけられた。前の腕輪は店を出るまえにローエンに外されて、それ以来なにも身につけていなかった。  そのあとは馬車を走らせて、オペラを観てから屋敷に戻った。  マダム・ウィンズから購入した宝飾品はすでに到着しており、夜に二人で見てみようということになった。二人は食事をとってから地下にある風呂に入ってから、ローエンとともに自室へと一緒にもどっていた。  夕食はお腹がはち切れるぐらい食べた。ハーブの香りが効いた仔羊のグリル、コンソメスープに、魚介のサラダなどお腹いっぱい食べたので、すでにうとうとと眠い。地下の浴室に入って、このままベッドにダイブできたら……。  なんてことを思いつつ、リオはバスローブに身を包みながら、大理石とマホガニー材のサイドボードの上に置かれていた宝石箱を手にとった。箱は精細な彫り細工をほどこされ、鏡つきで魔法石が散りばめられていた。  本来ならば閉じ込めの呪文をほどこすはずが、魔力のないリオのため、魔法石の魔力とローエンの保護呪文がかけられている。  ……な、なんか落ち着かないや。  視線をちらっと後ろに投げると、ローエンはそばにある長椅子に腰かけ、長い脚を組んで、優雅に本を読んでいた。不意に目があってしまい、ローエンが本から顔を上げた。 「リオ、どうした?」  濡れた銀の髪が前におろされて額にかかり、バスローブの襟から筋肉質の胸板があった。ほんのりと湯気が立った肌をたどると、首筋には逞しさが漂う。明るい光の下のせいか、普段見るベッドの上よりも色っぽくみえてしまう。 「オ、オペラなんてローエン鑑賞するんだね……」 「つき合いが色々あってね。兄が政界にでるからは亡くなった父の仕事を引き継いで、それから誘いが絶えなくて大変なんだ。いまは顧問として退いているけど、それでも顔を出して欲しいと招待状がくる。毎朝面会リストに目を通すだけでも一苦労だよ」 「そ、そうなんだ……」 「でも、屋敷に戻ったらきみがいるし、夜も頑張らなければならないから精力的に働いているよ。心配する必要はない」  にこっとほほ笑まれれたが、その言葉に夜の情事の記憶が蘇り、あわてて顔を前に戻した。 「こ、こんな身体でご、ごめん……」 「逆にこの身体が魅力的で、私は周囲嫉妬ばかりしてしまうよ」   本当にそうなのだろうか。  半日ほどそばにいたが、ローエンはすごく大人びて見えた。  出会ったときは二歳年下だったのに、銀行で応対する姿やオペラを鑑賞する横顔に大人の余裕さえ感じて、ドキドキが止まらなかったのだ。ずっと好きだったが、ますます魅力的になって、それでいて、リオへの独占欲と執着は増している……。 「あ、あれ、あかない……」 「ああ、ごめん。箱にリオの手をかざせば開くよ」  言われた通りに手をかざすと、箱の蓋が開いた。  ……すごい量の魔法石だ。  あまりにも箱の中がまぶしすぎて、リオは数歩後ろに後ずさると、トンっとローエンの胸に頭がぶつかった。 「どうした?」 「う、うん。ついまぶしくて……」  三段の箱にはさまざまな魔法石の宝飾品が並べられて、蓋を開けるだけで星のように燦然と輝いていた。 「リオ?」  ローエンはリオの腰に腕をまわし、箱の中に視線を落としている。  煌びやかな首飾りを手にとろうとしたが、どうしてか手がとまる。こんなに高価なものを身につけても、社交界なんて行けるはずがない。  むしろこの身体で発情なんてしてしまったら、ローエンの顔に泥を塗るような気がしてならない。自分は一生、屋敷と図書館の往復でいいと思う。  ……おれ、ローエンにふさわしくないかも。  ローエンの穢れが浄化されてしまっても、男娼という身分は変わらない。ずっとそれを抱えて生きていかなければならないのだろうか……。 「リオ、どうしたの?」 「ご、ごめん。考えごとをしていたんだ」  そう言ったとたん、ローエンの顔が頬に近づいた。唇がふれそうになり、リオはびっくりして転びそうになった。 「う、うあっ」  頭から床に落ちると思ったとき、たくましい腕が抱きとめてくれた。 「あぶなかった」  つかまれた手を引き上げられて、リオはローエンの胸の中にすっぽりとおさまった。力が抜けて、リオは体重をあずけるようにローエンの背中に手を回す。 「あ、頭から落ちると思った」 「……驚かせてしまったね。ごめん」  はたと顔を上げると、気のせいか、ローエンの顔が赤い。あっと思ったとき、貪るようなキスが降ってきた。舌でまさぐられながら、口腔に痺れが充満していく気がした。 「ごめん、リオ。今夜も抱きたい」 「……んっ」  もやもやとしながらも、その言葉すら覚えていないほど、すぐにリオの身体は食らいつくようなキスに夢中になってしまう。  すぐに穢れが消えるわけがない、呪いが浄化されるまでゆっくりと考えよう。  そう思いながら、リオはローエンからほどこされる愛撫に酔いしれた。

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