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第12話

 翌朝、朝食をともに食べ、ローエンは急な用事があるらしく、朝早くにでていった。リオはすることもなく寝室に戻って、ふうとため息をつく。  寝坊してしまうと、使用人たちもリオに合わせて仕事をするため、夜中にまで働かせてしまうことになる。十年前になんとなく、執事のエドウィンから聞いて覚えていたので、リオもなるべくローエンと同じ生活リズムで過ごすように心がけていた。 「き、きのうも……すごかったな……」  昨晩されたキスは、荒々しく、それでいて情熱的だった。なんども腹の中にだされ、気が狂うほど穿たれた気がする。 「ロ、ローエンの穢れはいつになったら消えるんだろう」  身体は軽くなりつつある、と本人は言っているが、すでに皮膚を覆っていた鱗は少ない。禍々しい影も小さくなりつつある。なんども中に精液を出されて、腹がぽってり膨らむくらい吐精されているが、はたしていつまで続くのだろう……。  毎晩のようにいたしているが、朝なんて繋がったまま起きてびっくりした。 「うう、とにかく身体がいたい。この痛さじゃ、起きれないや」  なんども穿たれた腰がズキズキと痛む。ローエンに治癒魔法をかけてもらっていたが、魔法がかけられない身体なので意味をなさない。 「とくに外に出る気にもなれないし、することもないし……」  着替えて、朝食を食べたし、やることも行くこともとくにない。  上着をぬいで、シャツのボタンを外して、ベッドに潜りこんだ。洗い立てのシーツが気持ちいい。ちょっとだけ寝ようかなとリオは毛布をかぶる。うとうととまどろんでいると、だれかが部屋の中に入ってきた気がした。  ひたひたという足音が聞こえて、掃除をしにきたメイドかだれかだろうと眠りの底で思った。 「ローエン、やっぱり屋敷にいたんだね。たっく、探したんだよ? わざわざこの僕が王宮からはるばるやってきたのに、感謝もないのだから非常識にもほどがあるよね。王子に対して、そういう……って寝ているのし」  長々としゃべる独り言に、はあというため息がリオの耳に入った。瞼を閉じながら、どこかで聞き覚えのある声に意識が戻る。 「なんだよ。もう昼だよ。そろそろ起きたほうがいいよ」  ぐいぐいと毛布をひっぱられ、しつこく中身をみようとしてくる。まずい、だれなのかわからないが、 「うっ、今日はめずらしく意地っ張りだな」 「い、いやですっ……!」 「え? だれ?」  ぱっと手がはなされて、リオは毛布に巻かれたままゴロンとベッドに転がった。身体を起こし、ぬっとリオの顔でた。パチリとその相手と目が合った。しまった。 「わっ、きみはあれか。ローエンが買ったという男娼くんか。いろんなところに連れ回していたと皆が噂していたなあ」  透き通った青の瞳をキラキラ輝かせた、金髪の青年がにっこりとほほ笑んで立っている。 「へぇ、ローエンって趣味が変わったのかな。きれいな顔立ちを想像していたけど、きみはフツーだね。むしろ地味というか、おっと失礼。素朴といったほうがいいかな。うん、僕のことはマベールと呼んでくれたまえ」  マベール。マベール……。リオの頭はその名に引っかかりを覚えた。  どこかで聞いたことのある名前。 「お、おうじ……」  ひくっと咽喉が動いて、自分のセリフに固まる。 「そう、残念ながらまだ第二王子だけどね。きみ、ローエンは?」 「え、え、え、えっと、その……」 「ああ、もしかして司令本部かな。エドウィンに聞いてくればよかったな」 「……し、し、知りません」 「そうか。残念だな」  王子は両手を上にあげて、背伸びをしながら振り返った。 「んー、きみ、ひま?」  ニコっと爽やかな笑みを浮かべて、マベール王子はリオを頭から足先まで値踏みするように眺めた。 「え?」 「うん、ひまそうだね。ね、ね、外出をしよう。ほら、着替えて。わあ、肩まで歯型とキスマークがたくさんついている」  カアッとリオの顔と身体が熱くなる。マベール王子は肩からずり落ちたシャツをたくし上げて隠した。 「単なるお気に入りだと思ったけど、びっくりだな。まあ、いい。せっかくだからおめかしして出かけよう」  それがロウェンツェ王国、第二王子との突然の再会だった。  真新しい服に着替えて、リオは王室用の馬車に押し込められた。  どこにいくのだろうと、窓に視線を投げるが、目的地もなにも告げられておらずわかるわけがない。そのむかいで、マベール王子は華やかな笑みを浮かべ、じぃっとリオの顔を眺めていた。  十年ぶりに再会したマベール王子。金髪に透き通るような青い瞳。美少年だった王子は美青年へと成長していた。 「え……あの……」  帰れなくなったらどうしよう。そう思った。 「だいじょーぶ。なにかあったら、僕が送り届けるからさっ」  はしゃぐような声に、リオは不安な顔になったが黙って受け止めた。相手は王族で、逆らえるはずがない。 「あ、あの、護衛は……」  ずっと気になっていたことを口にすると、マベール王子はリオに顔を見合わせてうれしそうにうなずいた。 「ああ、いるよ。前のほうに王室専用の従僕と御者がいるし、護衛もついているから安心して。ローエンみたいにべったりついてこられると窮屈だけど、いまは我慢だ。まあ、兄上が目覚めれば、僕はそんなに必要なくなるさ」 「め、目覚めれば……?」 「兄上はローエンよりも重い穢れに侵されているんだ。父上はマーリンのおかげで無事で元気だから助かったけどね。兄上は生きているのかもわからない、ひどい状態なんだ。いまはマーリンが浄化魔法を毎日のようにかけて守っているけど、目を覚ますこともないし、いつまでそれを続けるのか……、ちょっと王宮でも揉めて……、ってこんな話をしちゃダメだね。リオ、ないしょにしてね?」  はっとして急に繕った笑いを浮かべて、マベール王子はポリポリと頭をかいた。  リオはためらうように口ごもり、うつむいた。  あのとき西の魔女は招かれた隣国の皇子と逃亡した。王太子は居室で眠った状態で発見されたが、すでに重い穢れに侵されていたなんて初めて知った気がする。  ……もう遠いむかしみたいだ。でもローエンが西の魔女を倒してくれた。  リオは細い路地が入り込むうつくしい村を眺めながら、十年前の記憶を反芻しながら思い出した。 「リオ、どうしたの?」 「え、あ、ああ……。すみません、考えごとをしてました……」 「僕がへんなことを言ったせいかな。けどさ、リオは元々どこ生まれなの? ローエンに聞いたけど、なにも教えてくれないんだ」  その質問に、リオの顔がこわばった。  ローエンにも聞かれていないので、答えようがない。 「と、とおい、遠い国です……」 「そっかー。大変そうだね」  ニコニコとほほ笑まれて、あっけらかんと受け流された。  城壁に囲まれた旧市街を通り過ぎ、馬車はさらに西を目指している。それから小一時間ほど揺られ、そろそろ尻が痛くなってきたなと不安に思った。  馬車が止まり、御者が到着した旨を告げた。  外に視線をむけると、窓からはみ出るくらいの巨大な建物がそびえ立っていた。

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