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第13話
「こ、ここは……」
マベール王子が指差した先に、巨大な双子塔がそびえ立っていた。
中央に出入り口があり、跳ね橋が下がった。
馬車が動き始め、橋を渡って指を差した方角へむかう。
海峡に面して建てられた要塞の奥はゆるやかな牧草地がひろがり、隣には湖畔が小さくみえる。どうみても軍事基地としか見えない。
どうして男娼である自分がこんなところに連れられてくるのか、理解できない。
「魔法軍の第三基地だよ。ここはドラゴンのための宿営地でもあるんだ。訓練所もあるけど、結構広くて、のびのびと見学できるよ。あっちに司令本部があるから、挨拶していっていい?」
「ちょ、ちょっと待ってください。さ、さすがにお、おれが行くのはまずいです」
「そうなの?」
そうだ。まったく関係ない、ましてや男娼が足を踏み入れていいところではない。
コクコクとうなずくと、困ったな~と全然困ってなさそうな顔でマベール王子は頭をかいている。
「あ、あ、あの……どうして……ここに……」
「どうして? そりゃあドラゴンをみにきたんだよ! ドラゴン!」
厳めしい門の前で馬車が止まり、マベール王子がひょいっと軽快なジャンプとともに降りた。リオに右手を差し出して、降りるように促す。
「まあ、いいや。とりあえず透視の呪文をかけてあげる。これで姿が見えなくなるから、まずは本部棟にいこう」
マベール王子は杖をとり出して、リオにむかって一振りした。じわっと身体が熱を帯びたと思って、手を見ると透明になっていた。気づくと手も足も透明度が増して、地面や草が透けて見えた。
「え、えっと……えええええ……」
「この基地は王族の魔法だけは解除されないはずなんだ。でもね、念のため手をつないで、魔力を途切らせないようにしよう!」
そのまま強引に手をつないで、あれよこれよといううちに建物の中に入ってしまった。マベール王子は長い廊下を早足で歩き、リオはそのあとを黙々とついていく。建物の中は軍事基地というより、秘密基地のような、仄暗い洞窟にいる気がした。
物珍しげにリオはあたりを見回すが、知っている士官は誰一人いない。あれから十年経過しているが、建物の中は薄暗く、湿った土の匂いは変わらない。
天井を見上げると、魔法石が入ったランタンがつるされ、淡い灯りが揺れて足元を照らしている。床は土で敷き固められ、たまに石につまづいて転びそうになった。
思い出す限り、この敷地には兵法訓練所もあり、かなり広い。通路は複雑に入り組んで、すぐに迷子になってしまう恐れから勝手に逃げ出すわけにもいかない。
「一応、魔力を注いでいるっていう言い訳があったけど、しっかりと手を握っていないと、リオは迷子になっちゃいそうだね」
マベール王子はリオの手をひきながら、ブルーの瞳が生き生きと輝く。
それでもすれ違う士官たちに、リオは顔を伏せがちにできるだけ音も出さずに目立たないように歩いた。以前だったらローエンと横にならんで、気さくに声をかけあったのにこれじゃあコソコソと侵入している気分だ。というか、その状況だ。
……うう。発情しないように十分に気をつけなきゃ。
さすがに手をつなぐだけでは快感は拾えない。だが油断は禁物だ。
一人だけひやひやしながら歩いていると、司令部の本棟をまっすぐ抜けようとしたとき、横から男が親しげに声をかけてきた。
「殿下、おひさしぶりです」
細面の顔の男は口髭を生やし、眉の濃い顔をして、身長よりも肩幅が大きくいかつい身体をしている。背筋をまっすぐに伸ばし、一礼をした。
「やあ、ブルックス隊長。ちょっとペレンスに会いに、遊びにきたんだ。いつものところにいるかな?」
「ペレンスは竜医師に診てもらっており、残念ながら面会はできません」
「そうか……。ペレンスの調子はよくないのかな?」
マベール王子はまばたきをし、明るく装った声をかけた。
「ええ。おとついから翼の痛みにうめいていて、鎮痛剤を打って安静にしています。回復がおぼつかないため、今日はそっとしてやってください」
「そうか。それならしょうがない。また元気なときに会いにくるよ。そういえばローエンは任務に行っているのかな?」
「ええ。哨戒活動にて辺境地区に飛んでおられます。夕方に戻られる予定です。中型種ドラゴンのベリーズやパソックなどがおりますから、殿下の顔をみせるとよろこびます。ぜひお立ち寄りください」
モリスは質問に答え、マベール王子は軽く弾んで、満面の笑みを返した。
「ありがとう。お言葉にあまえて会ってくるよ」
じゃあと手を挙げて、マベール王子はうきうきしながら前へすすんだ。扉を開けると、緑の色が濃くなっている草原がひろがっていた。
「ローエンがいないのはラッキーだ。まずは森を横切って、ドラゴンたちの寄宿舎にいこう」
「も、もりを歩くのですか……?」
「だいじょうぶ、ここの森には魔獣はいないから。いるとすれば牛か羊ぐらいだ。あとドラゴンの赤ちゃんだね。まだ人になれてないから、みつけたらそばを離れたほうがいい。さ、はやく行こう!」
「は、はい……!」
「ローエンは辺境にも行っているのか。銀行にギルド商会の会議に毎日多忙だな」
ぶつぶつとひとりごとを話すマベール王子の背中を追って、リオはくるぶしまで柔らかい草を踏みながらせっせとついていく。
「た、たくさんのところに顔をだしてらっしゃるのですね……」
「そうだよ。ローエンはギルド商会を含めて幅広く融資をしているんだ。荒れ地の戦いから、豊富な魔法石が採れるようになって、いまじゃ我が国は魔工具の輸出が増え、熟練の魔工技師を雇って国を建て起こしたのも同然さ」
「す、すごいですね」
質問を投げかけると、マベール王子が足を止めた。顎に長い指をそえて、なにか考えていた。
「……まあ、荒れ地の戦いが終わってから別人みたいだよ。ローエンは性格が変わったように本ばっかり読んでる」
「そ、そうなんですね……」
なんだか頭が追いつかない。いつのまにか眼前に森が立ちはだかって、その奥に湖が佇んでいた。
「あ、あの……」
「んーなに?」
「そ、そそそ、そろそろ帰りたいと……」
時間が気になってしょうがない。夕暮れが近づき、緑がぼんやりと濁って見える。空はオレンジ色になっており、陽が暮れそうにもみえる。夕方には戻るといっていたはずだ。これでは鉢合わせしてしまう。
「あ、ローエンだ。なんだ、戻ってきたのか」
へっと見上げると、マベール王子が双子塔を指差した。
中型種であろう竜から降りる男がいた。ローエンだ。黒の鎧を身につけ、こちらに気づいたのか、視線がリオに突き刺さる。
★★
「ほら、こっち見てるよ。きみのご主人だ」
「あ、あ、あの、えっと……」
そのとき、二人の前を数人の士官たちが横切った。リオはささっとマベール王子の背後に隠れ、ローエンの姿もみえなくなった。
「いなくなっちゃったね。まあ、いいか。あとで落ち合えばいいし」
マベール王子がはしゃいで、リオの手をつかんだ。
「え、え、えええええ……」
「まあ、いいか。ほら、前にすすんでいくよ~」
それも困る。あわあわとまごついてしまいながらも、ずるずるとマベールに引きずられながら、湖畔にひろがる森にまで連れてこられた。
「しっ! しずかに! あ、あそこにドラゴンの子どもがいるかもしれない」
芝生を歩きながらも、リオは一刻も早くここから脱したいと思った。それなのにマベール王子はしっかりと握って離そうとせず、逃げるスキすらない。
「ほら、いたいた。あそこにオーティ種の子どもがいるよ!」
後ろから口を塞がれ、ぎゅっと抱きしめられて身体が密着した。ドラゴンの子どもはまだ冠翼がぴよぴよとしていて、おぼつかない足取りで草を食んでいた。リオたちは湖の岩場に隠れ、じっとその様子を眺めた。
「か、かわ、かわいいですね」
「しっ……、びっくりさせちゃだめだ」
マベール王子が背中に覆いかぶさるようにのって、爽やかにほほ笑んだ。足元はじめじめして、苔が繁茂して滑りやすい。
「ローエンとどう? うまくやっている?」
マベール王子はリオの耳元に顔を寄せて、小声で質問をぶつけてきた。
「……は、はい」
「ふーん。じゃあさ、ローエンと毎晩してるの?」
そのセリフに、リオの耳たぶが熱くなった。なんと返せばわからず、とりあえず言葉少なに答える。
「え、あっ、えっと……。は、はい……」
「ふーん、残念。だけどローエンの趣味って変わったのかなって思っちゃったんだ。あ、イヤミじゃないよ。前の奥さんなんてすごい美人で、あっ、男なんだけどね。やさしくて、よく一緒にいたんだ~」
「そ、そうみたいですね。すてきなかたのようで……」
「うん、ユーヒはステキだよ。リオとなんだか雰囲気が似ているかな。やさしくて、ふわっとしててあたたかい」
まさか自分でした。
とは、とてもではないが、言えない。
滑りやすい足元に気を配りながら、リオはふむふむと相槌を打った。
「ま、僕の初恋の人だったんだけどね……ローエンと結婚しちゃったしさ」
にこっとささやかれて、リオは聞き間違いなんじゃないかと思った。ずしんと背中に体重をのせてくる。リオは前のめりに倒れそうになり、うっかり足を滑らせてしまった。
「うわっ!」
マベール王子の腕が伸びて、リオの身体をすくうように胸に抱いた。
「あぶなかった。リオ、だいじょうぶ?」
マベール王子が心配そうに身体を屈めて、リオの顔を覗き込んできた。整った顔が近づき、身体が熱くなった。リオはその薄い唇に吸い寄せられそうになった。
「……は、はい。だ、だいじょ……」
「怪我とかない?」
「……な、ないです。あ、あの……?」
「ならよかった。というか、リオ、フツーって言ってごめんね。こうして見ると、かわいい……」
「あ、ありがとうございます……」
「きみさ、いい匂いするね?」
突然、背中に体重を感じ、マベール王子に抱きしめられた。首筋にしっとりと湿った感触がして、肩がぶるっと震えた。
「……ッ」
「ほんとうに、砂糖みたいな匂いがする。不思議だ……」
くんくんとうなじを匂いを嗅がれて、肌に触れる吐息すらこそばゆい。興味深げに脇腹をなでられて、じんと頭が痺れた。
「……んッ」
「身体が熱い。風邪引いている?」
「……だい、じょうぶ、で、す」
身体の芯がぼんやり光るように甘美にうずく。
「足もとが濡れちゃってるけど? あと魔法が切れちゃったね」
えっと思って、手元に目を落とすと確かに見えている。そしていつのまにか、樹々のそばまできてしまい、くるぶしまで湖に入って濡れている。
「リオ、顔が赤いよ? 熱いの?」
リオを抱きしめ、マベール王子が顔を近づけてきた。
自身の火照りは、すでに発情しているとわかる。視界がぼやけて、意味もなく息遣いが荒くなり、リオの心臓はどくどくと脈打った。
キスしそうなくらい唇が近づいて、リオははっとなり、両手を伸ばした。
「うわああ!」
ドンっとマベール王子を前へ突き飛ばした瞬間、バシャンと飛沫があがって、弾みでリオが湖の中に落ちた。
「いったたたた。え、ええ、リオ! 落ちちゃった!」
バシャンと激しい音を立てて、リオは水の中をもがいた。
運がよかったのか浅かったおかげで、すぐに足がつく。ぐっしょりと衣服は濡れ、うすい生地の服が肌を透かし、ズキズキと痛む背中を起こそうとする。起き上がろうとするが、腰が抜けて立ち上がることすらできない。リオはずぶ濡れになりながら、ものすごい足取りでこっちにやってくる軍服姿の男を見ていた。
そして真上からものすごい力で起こされた。
「……あ」
ぐらっと身体が持ち上げられ、抱きかかえられた。ローエンと思いながら、ぐわんぐわんとまだ視界がおぼつかない。ぼやける光景に目を凝らすと、ぎろりと睨まれた。
「帰るぞ」
低くドスのきいた声が落ちた。
「す、すすすすすすみません……」
ローエンの逞しい腕の中から逃げ場もない。リオは身を縮ませて、目を伏せて謝った。横からマベール王子ののんきな顔がみえた。
「あれー? ローエン帰るの?」
「殿下、このものを勝手に連れ出さないでください」
ローエンが振り返り、マベール王子に苦言を呈した。声から機嫌がわるいのがわかる。
「えー。本人の同意は得てるんだから、別にいいじゃないか」
「いけません。とにかく帰らせていただきます」
「まだ一緒にいようよ~」
「それでは、殿下お一人でどうぞお楽しみください。私たちは失礼いたします」
ローエンはそう言って、リオを抱き上げて背をむけた。そのまま歩きだし、街門へとむかった。ローエンの上質な軍服の袖がぐっしょりと濡れている。そしてローエンの香りと体温に包まれて、リオは心臓の鼓動が高鳴った。
「顔が赤い」
「……ごめんッ、あ、あの、その……」
発情していると言えず、リオはぎゅうっと上腕にしがみついて、顔を隠した。水に濡れたのに、うっすらと額に汗をかいて、熱い息がこぼれる。恥ずかしい。勝手に屋敷を出て、こんな状態でみつかるなんて……。
「屋敷まで我慢できるか?」
こくこくと腕の中でうなずくと、ふうというため息が頭の上で聞こえた。
馬車の中に乗り込み、ローエンはリオを座らせると、すぐに御者に合図した。すぐに馬車は動き始め、星空が流れるようにみえた。
「これをかけたほうがいい」
「あ、あ、ありがとう」
ローエンは上着を脱いで、羽織るようにかけられ、リオの身体を包むようにローエンが抱きよせた。腰に回された手が熱い。
リオはローエンに身体をあずけ、心地よい温かさに目を閉じた。
「つらい?」
こくっとうなずいて、慌ててふるふると首を横に振った。これ以上、ローエンに失望されたくない。リオはつかんでいた袖から力をゆるめ、ぴったりと密着した身体から離れようとしたとき、つよく抱きよせられた。
「……え、えっと、……んっ」
顎をつかまれて、唇がかぶされた。やわらかな舌が口の中に這入って、グッとさらに身体が引き寄せられる。
「……んっ、んあっ……ッ」
身体から力が抜けて、しがみつくのがやっとだった。ローエンのキスは止まることなく、水音を立てて、濃く深くなっていく。
「いまはこれで我慢してほしい」
ローエンはそう言って、リオの首筋を嚙んだ。ゾクゾクと身体が波立ったが、空いた手に指を絡められて逃げられない。熱を溶かすような口づけに、リオの目がトロンとなる。
「……ッ、んんっ……、あっ……」
お腹がむずむずとして、すでに下腹部の芯が熱くなってうずいている。
「ひゃっ……ッ」
低い声でささやかれ、耳たぶを甘く嚙まれた。自分の身体なのに、全身が溶けるように感じてしまっている。
下着もぐっしょりと濡れて、水とぬるぬるとした先走りの液ではりついている。
馬車が揺れるたびにくすぐったくて、腰をゆらしてしまう自分がいた。
こすってほしい。
もっと強力な刺激がほしい。
そう、もどかしく思いながら、リオはローエンからのあまいほどこしを受け止めていた。
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