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第15話

 朝になると、リオの顔に精彩が戻った。  ずっとだれかと手をつないでいた気がして、夢なのかどっちなのかよくわからなかった。  もしやローエンがそばについててくれたのか、と思ったが目を覚ますとそばにはだれもいなかった。  リオは眠い目をこすって、用意された服に袖を通しながらモヤモヤとローエンのことを考えていた。  ……ローエン、部屋にこなかったけど、どうしたんだろう。  昨日もするのかなと思いながらも、ぐっすりと寝入ってしまったので、目覚めてから穢れのほうを、逆に心配してしまった。というか、反省してしまった。  ローエンの穢れを浄化するという大事な役目を体調不良のためにおろそかにしてしまったからだ。穢れが進行したり、悪化したりしたらどうしよう……。    不安になりながら、すれ違う使用人たちに挨拶をしながら階段を降りて一階にある食堂にむかった。使用人たちはリオが男娼という身分のせいか、どこかぎこちなく、距離を感じる。本人たちにとっては伯爵に仕えているというのに、どうしてか男娼が転がりこんで世話をしなければならないという感じだ。  このままずっとこの屋敷で過ごしてもいいのか、それとも自分だけでも離れて暮らすべきかやっぱり考えるべき点はある。  重いため息をついていると、爽やかな執事のエドウィンがにこにこと笑顔で迎えてくれた。 「リオさま、おはようございます」 「お、おはようございます。昨夜は夕食を届けてくださりありがとうございます」  ぺこりと頭を下げると、エドウィンはリオが元気になったことを喜んで、心配してくれたのが伝わった。 「旦街から新鮮な果物を取り寄せておりましたよ」 「へ……、え、あ、は、はい……。あ、あの……、昨晩はローエンはどちらに?」 「昨晩はずっとリオさまについてらっしゃいましたが、朝方仮眠をとって、いま朝食をいただいておりますよ」   もしかしてずっとつないでいた手はローエンだったのか。  リオはあっけにとられながらも、そうだったのかとびっくりした。  そしてエドウィンに図書館へ行って夕方には戻ることを伝え、食堂に顔をだした。すでにローエンが朝食を食べ終えていて、縦長のテーブルにはカットされたフルーツとパンナコッタ、それに紅茶がだされていた。  金細工の椅子が厳かに並び、リオは引かれた椅子に腰かけた。  使用人たちがずらりと背後に整列しだし、朝だというのに毎回のことながらどこか落ち着かない。 「調子はいいか?」 「……う、うん」    寝ぼけまなこで入ったので、ローエンの声にビクッと身体が飛び上がった。黒革の眼帯に、軍服を着ている。これから尋問がはじまるんじゃないという威圧感を放っているが、ローエンの声はやさしい。 「そんなに怖がらないでほしい。これでも昨日我慢してそばについてたんだが」 「あ、ありがとう」 「ずっとキスをしたかった」 「そ、そんな……」    ローエンはリオをちらっと視線を投げて、意地悪そうな笑みを浮かべてリオをからかう。かあああと顔が熱くなるのを耐えて、リオはうつむいて、真っ赤に染まっていく顔面を隠した。 「もう出かけるのか?」 「う、うん。朝から約束してて、お、王立図書館に行くんだ」  別にやましいことはないが、王子に会いに行くとはどうしてか言いにくい。  背後には給仕や使用人たちがずらりと並んで、こちらを監視するような視線を送っているせいもある。 「そうか、私も行きたかった。魔法省にいくついでに、そこまで送っていくよ。食べたら出よう」 「あ、ありがとうございます」  主人であるローエンに頭を下げると、リオは運ばれてきた朝食に手をつけ始めた。  テーブルには薄焼きのパンに、鶏肉やトマト、オクラを煮込んだスープやカットされた果物が並ぶ。どれも豪華ながら、病み上がりの自分にとってはものすごい量だ。 「い、いただき……あ、ちがった」  つい、手を合わせてしまって、リオはさっと手を下ろした。この国の「いただきます」はない。なにも言わずに食べ始める。初めは慣れなくて、戸惑った記憶がいまになって蘇る。  はっとなって、ローエンに視線をむけると、気にしたそぶりはなく、逆に懐かしそうな目でこっちを見てくる。 「その仕草、懐かしい」 「う、うん……」  ほっとして、リオは大急ぎで用意された朝食に食べ始めた。 「そんなに急ぐ必要はないよ。書斎で待っているから」  ローエンは椅子から立ち上がって、新聞を持って食堂を出ていった。リオはただただ咀嚼して、黙って食べて飲み込んだ。 ★★  北西にある王立図書館は小高い丘にあり、穏やかな田園風景が車内の気まずい雰囲気を和らげてくれた。    ……会話がない。ないのはいいけど、ずっとない。  しいんと静まりかえった車内で、リオはちらっとローエンに視線を送った。凛々しく、精悍な横顔にきゅうっと胸がしめつけられる。 「……ロ、ローエン?」  視線を感じたのか、ローエンがリオをみた。 「……ああ、わるい。考えごとをしてたんだ」 「そ、そっか。避けられてるかと思った」 「そんなことない。ただ殿下とああいうことがあったのに、どうして二人で会うのかなと疑問に思っったんだ。ただずっと屋敷に籠りきりというのはよくないし、かといって殿下と二人きりになって欲しくないと伝えたのに、だれと会うのかを聞いたら、まさか殿下だなんて……。悩むことが多すぎる」 「……う、うう。ごめんってば」  チクチクと投げかけられる言葉に、隣にいたリオの身体がどんどんと小さく丸まる。 「いや、わるいのは私だ。言い過ぎた……。私は殿下に嫉妬しているんだ。魔法省から急な要請案件がなかったら、ずっと私がきみのそばにいれた。いまさらだが、断ってしまえばよかったとさえ思っている」    ローエンは悔しそうにしゃべって、またぎゅうぎゅうと抱きしめた。挙句の果てにはリオの頭のてっぺんに鼻を押しつけて、匂いを嗅いでいる。  ローエンらしいというか、怖い顔に似合わず、ちょっと……いや、ものすごく考えすぎじゃないだろうか。  マベール王子に襲われそうになったが、あれは自分のうかつさのせいだ。  ああいう雰囲気を醸し出さず、ある程度の距離を保って、接すればだいじょうぶ。なんせ相手は王族。いまは同い年くらいだが、十以上も離れていた子どもとなんかあるわけない。 「とにかく、なにかあったらすぐに連絡が欲しい。夕方には必ず戻ってきて欲しい」 「う、うん……」  すぐに屋敷に戻ってしまいそうな勢いで言われるので、リオはコクコクと首を縦にふった。  それでも心配なのか、ローエンはリオを抱きしめながら、今日はすぐに戻るからと約束する。しばらくして、図書館らしき建物が頭をだして見えた。  図書館は急勾配の斜面に建てられた、巨大な石盤のような建物で遠くからでもよく見え、背後の山岳地帯と合わせて真っ黒な岩が三棟並んでいる。  小高い丘の上に到着すると、ぶんぶんと元気よく手を振って待ちかまえている人物がいた。 「リーオ! おっはよう!」  ぷりぷりしながら怒るローエンとは対照的に、マベール王子が満面の笑みを浮かべて待ち構えていた。リオが馬車から降りるとぎゅうと抱きしめ、ローエンがぎょっとした顔になった。  まずい。これでは宣誓布告をしそうな勢いだ。リオはあわてて、マベール王子から離れて新しくついたローエンの背後に立った。 「早起きして待っていたんだ。リオ、いこっ」 「殿下、リオはあまり連れ回すと、体調を崩しやすいゆえ、夕方には必ず戻らせてください」  背後からローエンの厳しい声がして、リオの身体がこわばる。振り返ると、いつのまにか降りてきたのか、ローエンが冷ややかな目でこちらを見ていた。 「げっ! ローエンがいたのか。わかったよう。リオは大事にするから、さっさと行ってくれ」  うげっと顔をしかめて、マベール王子が手をふりふりして追い払うが、ローエンはリオを引き寄せて離さない。 「言わずとも、任務のためにむかいます。リオ、なにかあったら、魔法石をだすんだ。忘却魔法がかけられているから、障壁を作ってくれる。それと、夕方には必ず戻るよう、図書館の守衛に伝えてあるから、絶対に遅れないように……」 「うぇ、ローエン過保護すぎでしょ……」 「ロ、ローエン、絶対に遅れないようにするよ。だから……」  なんとか気まずい空気を打破しようと、間に入ってなだめた。周囲には王室専用の従僕や御者もいる。無用な言い争いは無益でしかない。  ローエンは厳しい顔をして、前をむいて馬車に乗った。合図を受け取った御者が鞭を打ち、渋々ながらなのか、ゆるく馬車が動きだした。 「魔法省からも遠いのに、ここまでついてくるなんて、ずいぶんと過保護だよね~。へぇ、あれがローエンの嫉妬というやつか。ふーん……こわっ」  あっというまに点になってみえなくなった馬車を尻目に、マベール王子がふふんと笑った。 「まあ、たっぷり愛されているってことだね。たっく、最近のローエンは嫌みったらしいし、小言もマシマシでうるさいんだよね。あのままだと再婚なんてムリだね。一生、ムリ!」  ねっと同意を求められて、マベール王子はリオの手を引いて、建物にむかった。 「す、すごい豪華ですね……」 「最近になって増築をしたんだ。すごいでしょ」 「……え、ええ。すごいです」 「だろ? ローエンのおかげで蔵書がものすごく増えたんだ。そーいうところだけは褒めてやりたいねっ」  ぐいぐいと引っ張られながら、マベール王子は入り口の守衛室に声をかけて中に入った。外観とは違って、室内は図書館というよりクラシックな大聖堂という風格が漂う。  細部には金泥細工がほどこされ、天井にはフレスコ画が描かれている。その中央には有名な大魔法士の紋章までもあり、リオはどこに視線を送っていいのかわからなくなった。  正面の階段をのぼると、大ホールのような閲覧室がひろがり、クルミ材の長机が並んでいる。書架は床から天井までそびえ立ち、何層にもなってぐるりと室内を囲んでぎっしりと本がつめられていた。 「ええと、ここが一般公開しているところだね。あっちのほうにも書架室があるよ」  マベール王子の指差した先に、増築したであろう新しい棟につづく廊下が見えた。 「ひ、ひろいですね……」 「そう? 毎日きてたからわかんなくなっちゃった。どこの間にいく? 哲学の間とか? それとも古文書のほうがいい?」  ブルーの瞳をキラキラさせながら、マベール王子が振り返る。  行きたい場所を告げようと、リオは息を吸った。

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