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第19話

 ゴトゴトと揺れる車内の中、リオはちらっとローエンに視線をむけた。ローエンの仏頂面は変わらず、むすっとして腕を組んで座っている。 「あ、あの……さ」    おずおずと小声で問いかける。  ローエンは聞こえていないのか、窓の外から視線を外さず、なにも話さない。    気まずさに、胃がキリキリと痛くなり。気のせいか、吐きそうになった。大げさなのではなく、ぎゅうとつかまれたように気持ちわるい。 「怒ってないよ」 「お、怒ってるよ……」 「怒ってない。ただ納得がいかないんだ」 「そ、そうだよね……」  急に馬車が止まった。道をゆずったのか、すぐ横を違う馬車がすれ違った。ぐいっと腕を引っ張られて、リオは体勢を崩し、ローエンに倒れるようにもたれた。 「ご、ごめん」 「ほら、そういうところが庇護欲を誘うというか、なんかあったらって思うだろう。はっきり言うけど、元の世界になんて戻らせたくない。それは絶対だ。きみがどうしてもというならば、私は絶対に反対だ。というかその前に、リオ。身体が熱いじゃないか。もしかして風邪でも引いてる?」  ローエンの左肩に身体を預けると、ひんやりとした手が額にふれた。  さっきから暑いと感じていたが、言われてみれば初めて熱っぽいことに気づく。気のせいか、若干吐き気もあり、気持ち悪い。朝もぐずぐずになるまで抱かれて、ろくに朝食も食べずに馬車に乗ったせいもある。 「た、たぶん馬車に酔っただけかも……あっ」 「きみは隣で座っていたほうがいい。むしろ、屋敷に戻ったいいかもしれない」 「だ、だめだよ。これから王城にいくんだし……」  そう、これからマーリン卿のところへ接見する予定なのだ。十年前もそうだが、神殿ばかり訪れていたリオにとって、王城に入ったことがない。体調不良はこの上ない緊張のせいもある。    ちなみにローエンはいっときもリオから離れず、朝もなんども身体を重ねて離してくれず、大変だった。エッチのときも、なかなか腹の中に出してもくれず、涙しながら乞うても、終わらせようとしない。穢れに侵されていたときよりも勝るほどの絶倫ぶりに困りつつも、戻って欲しくないというローエンの気持ちを想うとなにも言えなかった。   ローエンはリオの腰に腕を回して、安心するように頭を撫でてくれた。胸板に頬があたって、鼓動が伝わる。トクトクとした規則正しい音に吐き気はいつのまにか治まって、リオはうつらうつらと瞼を閉じた。  ……今日で最後なのかな。  ローエンはやさしい。以前と変わらず、すばらしい騎士だ。爵位を叙されて、伯爵というふさわしい品位も携えている。  うたた寝をしていると、御者が到着した旨を知らせる声で起きた。  あれこれと手続きを済ませ、二階の東翼にある白の客間に通され、リオはその豪華さに目を見張る。部屋はラピスラズリの魔法石の巨大な柱が支え、壁には金と白の模様入りダマスク織りが張られていた。暖炉の上には壺が置かれおり、絶対に触ってはいけないものだと本能的にリオは思った。 「す、すごい……まるでお城みたいだ」 「リオ、ここは王城だ」    バカ正直に出た言葉に、そばにいたローエンがツッコミを返した。  この部屋にくる途中にあった大階段もすごかったが、この金塗りの台座といい、壁装飾といいなにもかもが現実世界では考えられないものだった。  いろんな間を通ったが、すべてが広くて豪奢だった。マベール王子の兄である王太子も眠っていると聞いたが、王城の最奥の間らしく、リオたちは足を踏み入れてはいけない禁域にあたるらしい。 「おっそい!」    真紅の絨毯に、どうしてかマベール王子がイライラとしながら仁王立ちになって待っていた。リオの姿をみつけるとすぐに駆け寄り、手を伸ばして抱きしめようとした。が、ローエンがそれを遮った。 「殿下、どうしてここに? 今日はお忙しいのでは?」 「残念~。急な用は済ましてきたんだ。大事な話があるんでしょ? 僕も入れてもらうようにマーリンに頼んだから許可済みだよ」    マベール王子がリオの腕をつかんで、引き寄せようとしたが、それもローエンは引き渡そうしない。 「いけません。リオは体調を崩しており、私がそばにつかせていただきます。殿下はその椅子に腰かけて、お待ちください」 「あ、あ、あの……」    またケンカをしてしまいそうになり、どうしようかと思っているとローエンが控えていた守衛に呼ばれた。どうやら、宰相がローエンに伺いたいことが別件であるらしい。あとにしてくれと頼もうとしたが、書類を渡すだけだと言われて渋々部屋をでていった。  しんと静まると、マベール王子が立ち上がってリオの前に立った。 「とにかくリオッ! 会いたかった!」 「で、でんかっ、あ、あの……」 「大ニュースだよ! ペレンスが、ペレンスが飛んだんだ!」  さっきまでぼそぼそとしゃべっていた声が大きくなり、マベール王子がぎゅっとリオを抱きしめた。 「と、飛んだ?」 「そう! ペレンスが飛んだ! 十年前ぶりだ!」 「そ、そうなんですか……、よ、よかったですね」 「よかったなんてもんじゃないよ。翼も治って、ビュンビュン飛んでるよ! 聞いたよ、ぜんぶきみのおかげだ!」  ぎゅうぎゅうと締めつけるように抱きしめられて、マベール王子の見目麗しい顔が目の前で輝く。勢いあまって王子が飛ぶと、唇と唇が合いそうになったとたん、ローエンがリオの身体を引き寄せた。 「殿下、このような場所ではしゃぐのはおやめください」 「げっ、ローエン。べつにだれもいないんだからいいじゃないか」 「いけません。王家の血をひくものは、いかなるときにも冷静に行動してください。リオ、だいじょうぶか?」 「どうせ、リオが元の世界に戻るんじゃないかと思って心配なんだよ。リオ、どうするの? 戻るの?」    ローエンの両腕にすっぽりと収まっていたリオは、どう答えていいのかわからず、なにも言えずにいた。 「ほら、ローエン、戻るんだよ。リオはローエンの執着ぶりが嫌になっているんだ」 「執着ぶり……」    ちらっとローエンに視線をむけると、悲しげな表情になってリオを見ていた。マベール王子はふふんと得意げな表情になって、両手を腰にあててドヤ顔になっていた。 「そ、その……、ローエンが男娼を囲っている噂がずっと気になって……。せっかくの名誉をおれが汚している気がして……」    ずっと悩んでいたことを吐き出す。屋敷にいても、外にいても、男娼という身分がローエンの格を下げているようで苦しかった。そしてこの身体のせいで、前のように外出すらままならない。 「……リオ」  沈黙が降りたのは一瞬だった。 「ぶっ! あははは。リオ、そんなことを気にしてたの?」 「そ、そ、そんなことって……」    マベール王子は腹をかかえて、爆笑していた。あまりにもツボだったらしく、しばらく落ち着くのに時間がかかるほどだった。 「だってさ、そんなのささいなことじゃん。なんとかなるよ。ペレンスの翼を治したってことで、父上から爵位を授けてもらえばいいじゃないか。ローエンを愛しているのなら、離れるべきじゃないよ」 「そうだ、リオ。そうすべきだ」  マベール王子の言葉に加勢しようと、ローエンがうなずく。 「リオ。ローエンは嫉妬深くて、嫌なやつだけども、騎士としても伯爵としても、一人の人間だ。そばにいるとわかるけど、ローエンはきみしか見ていない」 「で、でも……」 「殿下、私にそんなにご不満が?」 「あるよ! いっぱい不満があるよ!」  せっかくいい雰囲気になったのに、茶々が入ってしまい、めちゃくちゃになった。ぶうぶうと文句を言いながら、マベール王子はローエンに怒りをぶつける。 「……な、なんだかすみません」 「せっかく仲直りして、見せつけてくるなんてっ。なんて嫌なやつなんだっ。べ、べつにリオのことを言っているわけじゃないけど、なんだか当て馬のような気がしてイライラしちゃった。こっちこそごめん」 「そういえばリオ、顔が赤いよ? どうかした?」    ローエンの名前にカアッと顔が熱く感じた。朝も抱き潰されていたので、首をふって、いかがわしい記憶を振り払う。 「な、な、な、なんでもありません」 「ふーん、どうせすけべなことでも思い出したんでしょ?」    ちらっとローエンがいるほうに視線を流した。リオは穴があったら入りたい気分になった。べっと舌を出されて、王子にからかわれたとわかった。 「冗談だよ」    マベール王子は肩をすくめて、ドラゴンがいる正面広場にむかった。リオ真っ赤になってついていく。わかっているが、すべて見透かされている気がして、恥ずかしい。そのとき、急にリオの吐き気がぶり返した。口元を手でおさえて、ローエンがそばにあったソファーに腰かけさせ、心配そうに背中をさすった。  せり上がるような嫌悪感に、めまいが増す。ローエンはそばに仕えていた従僕に水を持ってこさせるように声をかけた。吐しゃ物はないものの、呼吸を整えると気分はよくなり、手渡されたグラスを飲んで顔を上げる。マベール王子が興味深げにリオをしげしげと眺めていた。 「リオ、つわり?」    はっきりとそう言われて、リオは言葉を失った。顔を横にむけると、マベール王子が笑みを浮かべ、言葉を継いだ。 「それと、妊娠しているよね?」  ひくっと咽喉が上下して、足元から凍っていくような感覚に襲われた。考えないようにしていたことを言い当てられたような気がした。 「……に、んしん、……ですか」 「うん。しているよね? 前はほのかだったけど、お腹の中にマナがくっきりと視えてる」    マベール王子も視線を下のほうにむけて、リオははっとなってお腹に手をあてた。心なしか、ふっくらとして温かい。そんなわけない。自分は男だ。妊娠するわけが……。 「……リオ、その子どもも連れていくの?」  マベール王子の声が宣告のように響き、リオはなにも言えずに下腹部に手をあてた。

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